第5話 なんか出てきた

 ある日、お父さんが言った。


「ふむ、二人ともよくここまで頑張ったな。今のお前たちは、父さんが同じくらいの年齢だった頃とは比べ物にならないほど強い」

「ほんと! やったぁ!」

「……そりゃ、あれだけやればね」


 僕たちは八歳になっていた。

 一歳の頃に訓練を始め、はや七年。

 今ではドラゴンすら倒せるようになっていた。


「だが二人にはまだ足りないものがある。それは経験だ。というわけで、これから実践訓練の旅に出ようと思う」

「旅! やったぁ!」

「おおっ」


 今のところ僕の知る世界はこの町とその周辺だけだ。

 町の外に行ったことはほとんどない。


 だからずっともっと色んなところに行ってみたいと思っていたんだ。

 前世と違い、今の僕なら無限の体力がある。


「ダンジョンに行ったり魔境に行ったり、恐らく今まで以上にハードな訓練になるだろう」

「わーい!」

「……うえ」


 うん、知ってた。

 遊びってわけじゃないよね。


 それでも初めて遠くに行けることに、僕はわくわくするのだった。








 最初にやってきたのは剣の都市だった。

 世界中から腕に覚えのある剣士たちが集まる都市らしく、どうやらお父さんとお母さんも若い頃にここで研鑽を積んだことがあるようだ。


 同じ町の出身なので、一緒に来たのかと思いきや、お母さんの方が先だったという。

 そもそもお父さんはお母さんが剣の都市にいることを知らなかったそうで、偶然、同じ剣士ギルドで再開したのだとか。


 お父さんは言う。


「そこで初めてライナが女だったと知ったんだ」


 それなんてラブコメ?

 思わずツッコミそうになってしまった。


 そんな二人の思い出の地だったけれど、僕たちが辿り着いたとき、大変なことになっていた。

 剣の都市が魔族によって占領されていたんだ。


「そんな!?」

「まさか、剣の都市が魔王に落とされたっていうのか……っ?」

「じゃあ俺たちはどこに逃げればいいんだよっ!?」


 そう狼狽えているのは、途中で魔物に襲われているのを助けてあげた避難民たちだ。

 彼らは魔王復活の噂を聞き、剣の都市に逃げ込もうとしていた人たちだけれど、すでに都市が陥落していたとなれば骨折れ損のくたびれ儲けである。


 彼らを近くの森の中に潜ませて、僕たちは都市を調べに行くことになった。


「ちょっと待て。二人も連れていく気か?」

「もちろんそうだが?」

「だったら私も連れていけ」

「いや、ライナは〝隠密〟が使えないだろ? さすがにいきなり正面から乗り込むような真似はしないって。アークとレイラは使えるもんな?」

「使えるよ、パパ!」

「ぐう……」


〝隠密〟はもう身体に染みついている。

 お父さんに魔境の森の奥深くに放置され、レイラとたった二人だけで生き延びなければならなくなったとき、魔物との戦闘を少しでも避けるために死に物狂いで習得したからね。


 結局お母さんは置いていくことになった。

 肩を落とすお母さんの背中を僕はポンポンと叩いて、


「ま、まぁ避難民たちの護衛だって必要だし……」

「うぅ、アーク、お前は優しいなぁ……」


 ちょっ、泣かないでよ、お母さん!







 街中を魔族や魔物が我が物顔で闊歩していた。

 僕とレイラは〝隠密〟で見つからないようにしながら、お父さんの後をついていく。


 ……のだけど、何度もお父さんがどこにいるのか分からなくなってしまう。

 気配を殺すのが上手すぎるせいだ。


 今もまた感知できなくなり、僕は足を止めた。


「あれ? どっち?」

「……さあ?」


 レイラも分からなくなったみたいで僕に確認してくるけど、僕だってさっぱりだ。


「こっちだぞ」


 右の方から声が聞こえてきた。

 時々こうやって声をかけてくれなければ、とっくにはぐれてしまっているだろう。


 やがて僕たちが辿り着いたのは、要塞めいた建物。

 そこでは今まさに激しい戦闘が行われていた。


「これが本当に人間の戦士なのか!? 脆弱に過ぎる! このような生き物が我が物顔で地上を支配しているとは、あまりに嘆かわしい! やはりこの世の支配者に相応しいのは我らが魔族だ!」

「……これが魔族……」

「信じられない強さだ……」


 ゴリラの獣人に、人間側が圧倒されている。

 どうやら劣勢のようだ。


 でも……剣の都市って、実力者ばかりが集まってるって話じゃなかったっけ?


 そんな僕の疑問を代弁するように、レイラが言った。


「ねぇ、パパ。あの人たち手加減してるの? あのゴリラさん、そんなに強くないと思うけど……」


 僕と同じ感想を持ったらしい。


「あ、あんな化け物に勝てるわけがない……せめてギルド長がいれば……」

「諦めるんじゃねぇ! こっちには何人ものA級剣士がいるんだ! それにリリア嬢だって……あれ? リリア嬢はどこに?」

「本当だ!? いつの間にかリリア嬢の姿がないぞ!?」


 そのとき背後に気配を感じ、僕は振り返った。

 お父さんとレイラも後ろを振り向く。


 ズズズズ……。


 足元の石が動き、穴が開いたかと思うと、そこから手が出てきた。


「ふぅ、こんなこともあろうかと思って、抜け道を用意しておいて助かりましたね。あんな怪物と戦ってられませんってば」


 なんか出てきた。


 金髪の女性だ。

 年齢はお母さんよりちょっと上ぐらいだろうか?


 でも格好は若い。

 はいてるスカートとかすごく短くて……少し痛々しく感じるくらいだ。


「……何やってんだ、リリア?」

「ひょわっ!? って、アレルさん!? びっくりさせないでくださいよ!? 魔物に見つかったかと思ったじゃないですか!」


 お父さんの知り合いだったようだ。

 レイラが訊く。


「パパ、このおばさん、誰?」

「だ れ が お ば さ ん じゃ !!」


 だ、ダメだよ、レイラ、おばさんにおばさんって言っちゃ……。

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