第4話 ごめんなさいって言って

 もちろん僕たちだって四六時中、訓練をしているわけじゃない。

 時には二人で子供らしい遊びだってやっている。


 今ちょうど鬼ごっこをしているところだ。


「今度はアークが鬼のばん! つかまえてー」


 時速五十キロぐらいで森の中を縦横無尽に駆け回るレイラを、僕は追いかけていく。

 時々、レイラが攻撃魔法を放ってくるので、それを回避しなければならない。


「ガルゥアァッ!」

「邪魔っ!」

「ギャァァァァッ!」


 森なので当然、魔物が出てくるときだってある。


 ……うん、鬼ごっこっていうか、もう訓練と変わらないよね、これ。




「ねぇねぇベフィ! 大きくなって~っ!」


 時にはうちの居候(?)たちと遊ぶこともある。

 レイラの一番のお気に入りはベフィだ。


「ん」


 町から離れた広場で、ベフィが本来の姿を見せる。

 それは全長三百メートルを超える巨大な魔物、ベヒモスだった。


 どうやら彼女たちは人ではなく、お父さんの従魔だったらしい。

 しかも世に言われる神話級の魔物だとか。


「わーい!」


 そのベヒモスの身体を、ロッククライミングよろしくレイラが登っていき、ちょっとした丘より高い頂上で走り回っている。

 ベヒモスの皮膚は弾力性があるため、トランポリンのように跳ね、それがとても楽しいらしい。


「リビィも大きくなってよー」

「仕方ないなぁ」


 リビィもまた神話級の魔物だ。

 普通は海に棲息するはずのリヴァイアサンだが、別に陸地でも問題なく生きられるらしい。


「わああああああいっ!」


 リビィの長い身体を、巨大滑り台よろしく猛スピードで滑り降りていくレイラ。

 神話級の魔物をもはや完全に公園の遊具扱いしている……。


「わ、我は……」

「フェニーは熱いからいい!」

「がーん」


 だって常に全身が火に包まれているフェニックスだし、乗ったら火傷するもんね。 

 前に一度、僕がやめておいた方がいいと言ったのに聞かないで、レイラがフェニーの背中に乗って空を飛ぼうとしたことがあったけど、すぐに加護が全損して大変なことになったし。




 そんな日々を送りながら、気づけば僕たちは八歳になっていた。


 もうワイバーンを倒せるくらい強くなったし、訓練と称して森の奥深くに置き去りにされても、二人だけで戻ってくることができるようになった。

 この歳ですでにサバイバルの経験豊富だ。


「なぁ、おい、お前」

「……?」


 ある日のこと。

 町の外で遊んできた僕とレイラが二人で一緒に家に帰ろうとしていると、声をかけてくる集団がいた。


 この町の少年たちだ。

 と言っても、今の僕よりもたぶん年上だろう。


「僕?」

「ああ、お前だよ、お前」


 その中でリーダー格っぽい男の子が、嘲るような表情で僕を見てくる。


「お前、いっつも女ばっかと遊んでんだろ! 女々しいやつ!」


 いきなりディスられた。

 確かに僕は訓練のとき以外でも、ずっとレイラと一緒にいる。

 双子だし仲が良いというのもあるけど、レイラを一人にしていると何を仕出かすか分からないというのも大きい。


 だけどそのせいか、僕には同年代の友人がまったくいなかった。

 まぁ僕の中身は中学生だし、どうせ同年代の男の子と遊んでも楽しくないだろう。


 それにしても女々しいって……。

 レイラと遊んでいても、そんな要素まったくないけど。


 遊び場はもっぱら町の外だから、僕たちが遊んでいるところを見たことがない。

 きっと想像だけで言っているのだろう。


「おい、知ってるか。あいつらの親父、《無職》なんだってよ!」

「マジかよ! そんな職業あったのか!」


 僕がまったく動じなかったからか、彼らは矛先を僕らのお父さんに向けた。

 とりあえず何でもいいから馬鹿にできればいいらしい。


 そんな子供じみた――子供だけど――中傷なんて無視すればい……


「むーっ! パパはすごいんだもん!」


 そうだった。

 レイラも子供だった。


 身体能力はすでに異次元だけど、精神年齢は真っ当な八歳児。

 しかもファザコン気質なので、父親を貶されて黙っているはずがない。


「《無職》なんて何にもできねぇに決まってんだろ。この世界はよ、職業がすべてなんだ。こんなふうにな!」


 リーダー格の男の子は腰に提げていた剣を抜く。

 そして素振りをしてみせる。


「どうだ! この間の祝福の儀で、俺は《剣士》の職業を与えられたんだ!」


 一通り剣技を見せてから、少年は自慢げに言った。


 僕は絶句してしまった。


 ……え? 全然大したことないんだけど?

 これで《剣士》? まだ祝福を受けた直後だからかな?


 だけど男の子は僕の反応を「ビビっている」と取ったらしく、


「はっ、お前らの親父なんて俺にかかれば瞬殺だぜ!」

「むりだと思うよ?」

「あっ、レイラ!」


 気づけばレイラは〝縮地〟で男の子の目の前に移動していた。


「え?」


 いきなり眼前に現れたレイラに、男の子はまったく反応できていない。


「お、お前、い、いつの前に……」

「ねぇ、そんな剣じゃ、レイラにも勝てないと思うけど?」

「っ……こ、このっ!」


 男の子はレイラを斬りつけた。

 だけど剣はあっさり空を切る。


「こっちだよ?」

「う、後ろ!? 舐めんじゃねぇ!」


 男の子は身体を反転させて斬撃を放つ。


 ぱしっ。


 剣先をレイラが素手で掴み取った。


「な、な、な……」


 真っ青な顔で後ずさる男の子。

 しかしレイラは逃がすまいとばかりに距離を詰めると、にっこり笑って――だけど目は笑っていない――言った。


「パパにごめんなさいって言って?」

「ひっ」

「パパにごめんなさいって言って?」

「ご、ごめんなさいっ! 僕が悪かったです! 許してくださいっ!」


 男の子は涙ながらに必死に叫ぶ。


「もう二度と言わないでね?」

「分かりました! もう言いません! お、お前らも言わないよな!」


 ぶんぶんぶん、と彼の取り巻き立ちも慌てて首を縦に振る。


 それから彼らは脱兎のごとく逃げていった。


 ……うん、レイラの前でお父さんの悪口は言わないようにしよう。

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