第3話 まずは体力づくりからだ
「アーク、レイラ。今日からお前たちを訓練する」
「くんれー?」
ある日、お父さんが唐突に言った。
「ああ、訓練だ」
「くんれー、くんれー」
きゃっきゃっと無邪気に笑っている双子の妹。
一方、このときは僕もわくわくしていた。
なんたって前世、僕はロクに運動やスポーツができなかったのだ。
身体を鍛えるということへの憧れもあった。
僕は一歳になっていた。
すでに歩き回ることができるようになっている。
幸いにもこの世界の僕の身体は至って健康体で、乳児なのに病気することは一切なかった。
と言っても、元々この世界、乳幼児の死亡率がとても低いらしい。
女神様の加護のお陰だ。
ちょっとした病気や怪我なら、簡単に治ってしまうこの不思議な力。
実際、果物ナイフを掴んでしまったレイラの切り傷が、見る見るうちに消えていくのを僕は目の当たりにしたことがある。
僕自身も、ベッドから誤って落っこちてしまったとき、その痛みがあっという間に引いていくのを体験した。
そんな加護があるからか、大人は、よっぽど危険なことをしない限り幼児を放っておくことができる。
とりわけ好奇心旺盛なレイラは、いつも家中を好き勝手に走り回っていて、僕の方がハラハラさせられてしまうほどだった。
閑話休題。
お父さんの訓練の話に戻そう。
「まずは体力づくりからだ」
「たーりょ、づういー」
うんうん、確かに体力づくりは重要だね。
何の疑いもなく、僕は心の中で頷く。
「まずはこの坂を駆け上るぞ」
お父さんは傾斜四十五度くらいある坂を指して言った。
いやいやいや、いきなりこれ!?
僕たちまだ一歳なんだけど!?
「いくーっ!」
驚く僕とは対照的に、レイラが果敢にも突っ込んでいく。
「わーっ!」
楽しそうな叫び声を上げながら、急坂を駆け上る一歳児。
え? 上れちゃうんだ……?
さすが異世界の幼児。
どうやら地球の人間とは身体能力が違うらしい。
僕もレイラの後を追いかけ、坂を駆け上がった。
な、何とか上れる……っ! でも、キツイっ!
「ぜえぜえぜえ……」
どうにか坂の上まで上がり切った僕は、その場にひっくり返った。
先に辿り着いていたレイラも地面に転がっている。
するといきなり身体が宙に浮いた。
お父さんに抱え上げられたのだ。
見るとレイラも反対の腕で担がれている。
「じゃあ下に戻るぞ。それ」
「っ!?」
お父さんは僕たちを抱えたまま、猛スピードで坂を駆け下りていった。
ぎゃあああああああっ!?
……前世では一度も乗ることができなかったけれど、たぶん、ジェットコースターってこんな感じなんだろう。
「わ~~~~~っ!」
レイラは楽しそうに手足をバタバタさせていたけれど、僕は怖くて目も開けていられなかった。
ちょっとチビっちゃった……。
……でも一歳児だしいいよね、うん。
体力はすでに回復していた。
これも加護のお陰だ。
だけど、ということは……。
「よし、すぐに二本目だ」
やっぱりぃぃぃっ!
それから僕たちは十本くらい連続で坂を駆け上がった。
体力は回復していても、精神的にキツイ。
一歳児になんて訓練させているんだ……。
でも、これでようやく加護が無くなったぞ。
「これを飲むんだ」
お父さんが液体の入った瓶を出してくる。
確かに汗びっしょりだし、ちゃんと水分補給しないとなー、と思いながら、ごくごくと飲み干す。
水みたいなんだけど、なんだかちょっと不思議な味がする。
「「?」」
僕はレイラと顔を見合わせる。
どういうわけか、無くなったはずの加護が回復していた。
お父さんが言った。
「聖水を飲むと加護が回復するんだ。これで何百回でも続けて走ることができるし、効率よく体力をつけることができるぞ」
僕は理解した。
真の地獄はここからだったのだ、と。
五歳になった。
前世なら鼻水を垂らして無邪気に玩具で遊んでいる頃だろう。
なのに、なぜか僕とレイラは剣を手にしていた。
もちろん玩具でも模擬剣でもない。本物だ。
「ブフーッ!」
そして僕たちが対峙しているのは、身の丈二メートルに迫ろうかという巨体。
子供の視点から見るとほとんど山のようだ。
ファンタジーの定番ともいえる豚の頭の魔物、オークである。
鼻息を荒くし、凄まじい威圧感で僕たちを睥睨している。
む、無理でしょ!?
だって僕らまだ五歳児なんだよ!?
オークと戦うなんて、無謀にもほどがある。
「心配するな。今のお前たちならオークぐらい倒せるはずだ」
だけど、お父さんは言う。
わざわざ野生のオークを捕まえてきた張本人だ。
一歳の頃にスタートした英才教育(?)により、僕とレイラは確かに強くなった。
一時間走り続けても疲れないほどの体力が付いたし、剣もそれなりに上手に扱えるようになり、魔法も幾つか使えるようになった。
だけどさすがにオークは無理でしょ!
せめてゴブリン辺りからにしてよ!
「やあっ!」
「ブヒィァッ!?」
「ふぁいあぼーる!」
「プギャァァァァッ!?」
――と思ったけど、普通に倒せました。
「「やったの……?」」
思わずレイラと一緒にフラグ台詞を言ってしまうけど、黒焦げになったオークが立ち上がることはなかった。
「やったぞ。だから言っただろう? もうオークぐらいなら倒せるってな」
「うん! パパのいったとおりだった!」
「そうだろう」
お父さんはレイラのことを溺愛している。
そんなレイラが「訓練イヤ」と言ってくれれば、こんなハードな訓練も無くなるかもしれないんだけど……生憎とレイラが楽しんでいるから始末が悪い。
お陰でお父さんも娘を喜ばすためとばかりに、さらに厳しい課題を課してくるのである。
「レイラ、もっとつよくなりたい!」
「よく言った。じゃあ次はワイバーンだな」
ほら、こんな風に……って、ちょっと待って!? ワイバーン!?
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