第2話 僕でなきゃ泣いちゃうね
僕が生まれた家には大勢の人たちが住んでいた。
渋い感じのおじさんに、小柄で童顔のおじさん。
三十半ばくらいのお姉さんに、二十歳くらいのお姉さん、十歳くらいの女の子、そして僕の母親らしき人。
……関係性がまったく分からない。
最初は小柄なおじさんが僕の父親かと思ったけれど、どうやら違うらしい。
「あうあー?」
「じーじだぞ~」
そう自己主張しているところを見るに、僕の祖父のようだ。
「あうー?」
「ふふふ、ばーばですよ」
三十半ばくらいのお姉さんと思っていた人が祖母らしかった。
若くない? 普通に母親でもいいくらいの年齢だ。
ちなみに二人は父方の祖父母らしい。
時々、家にやってくる赤い髪のおじさんが、お母さんのお父さんのようだ。
そしてどうやら僕の父親は今、家にいないという。
単身赴任か何かかな? 事情は知らないけど、よくあることらしい。
じゃあ残りの三人は一体誰なんだ?
家に完全に居ついているけれど、三人とも見た目がバラバラだし、血が繋がっている感じがまったくしない。
そもそも一人、人間なの? と思ってしまうくらい背が高いし。
まぁいずれ分かるだろう。
ちなみに僕にも双子の妹にもまだ名前がない。
父親が帰ってきてから付けるつもりのようだ。
……今度は普通の名前にしてほしい。
ある日、朝起きると僕は見知らぬ女の子に抱かれていた。
「あうー?」
「本当に兄様そっくりです」
年齢は中学生くらい?
とても綺麗な子で、学校にいたらきっとモテまくるだろう。
そんな彼女が僕を見下ろし、優しそうに微笑んでいる。
でも兄様って、誰のこと?
「なっ……貴様、何をしている!?」
お母さんが目を覚ましたらしく、女の子に声を荒らげた。
「抱っこしているです。兄様の子ですよね?」
兄様というのが血縁関係から来ているのだとすれば、この女の子、僕の父親の妹なのか。
そう言えば、おばあちゃんに似ている気がする。
「それより貴様、一体いつ戻ってきたんだ! アレルはどうした!?」
お母さんが強い口調で詰問する。
あまり仲が良くないのかもしれない。
「うあああああ~っ」
お母さんの声が大きかったのか、双子の妹が泣き出した。
「わわわっ、うるさくして悪かった! よーしよしよしよし!」
「同時に二人を面倒見るのは大変そうですね。この子はミラに任せておくです」
「あっ、おいっ……」
どうやらミラという名前らしい女の子が、僕を抱えて部屋を出ていく。
「あーうー」
「ふふふ……とても可愛い子ですね」
「うわー?」
ミラおばさんは愛おしそうに僕の頭を撫でるのだった。
僕のお父さんが帰ってきた。
おじいちゃんみたいに小柄なのかと思ってたけど、普通に背が高い。
お母さんも長身だし、どうやら僕は大きくなれそうだ。
「ええと……どこの子?」
「貴様の子供に決まっているだろう!」
「え?」
僕たちが生まれたことすら知らなかったらしく、驚いている。
この世界には遠距離の連絡手段がないんだね。
「まったく、出産にすら立ち会わないなんて、父親失格だな。この人がお前のお父さんだぞ」
お母さんが僕を渡そうとする。
「抱いていいのか?」
「父親なのだからいいに決まっている。でも優しくするんだぞ」
「あ、ああ」
お父さんが恐る恐る僕を受け取った。
く、臭いっ!?
この人、鼻が曲がりそうになるぐらい臭いんだけど!?
「う~」
「貴様、ちょっと臭いぞ。抱かせる前に風呂に入らせておくべきだったな」
僕はお母さんの方に戻った。
はぁー、臭かった……。
おそろしく臭いにおい。僕でなきゃ泣いちゃうね。
その後、僕と妹は名前を付けてもらうことになった。
お願いします。
どうか普通の名前にしてください。
「キキとララはどうだ?」
「なぜか分からないがそれは絶対にダメな気がする……」
お母さんの言う通りだ。
僕は声を上げた。
「んわー、んわー」
「ほら、この子も嫌がっている」
「本当だ」
どうやら僕の気持ちが伝わったらしい。
「じゃあ、マリオとピーチはどうだ?」
「んわー、んわー」
「それも嫌だって」
「それなら……オスギとピーコはどうだ?」
「んわーっ、んわーっ」
「もっと嫌がってるぞ」
この人、まさかワザとやってるわけじゃないよね!?
それから幾つもの酷い没案を経て。
やがてお父さんが捻り出すようにして言った。
「うーん……アークとレイラとかはどうだろう?」
「貴様にしては良いんじゃないか? ほら、この子も頷いている」
ようやく出てきた悪くない名前に、僕は頑張って首を縦に振った。
「よし、じゃあ今日からお前はアークだ」
「あうあう」
「で、お前はレイラ」
「うー?」
こうして僕は新しい人生を、アークという名で生きることになったのだった。
「ふふふ……アークは本当に可愛いですね」
最近よくミラおばさんに抱かれ、家の外を散歩している。
田舎の小さな町という感じで何もないところだけれど、前世ではあまり外出できなかった僕にとっては新鮮だった。
それはそうと、ミラおばさん、四六時中ずっと僕の面倒を見続けてくれているんだけど。
寝るときもお風呂に入るときも食事のときも、常に傍にいて離れない。
さすがにちょっと変じゃないかな?
しかも面倒を見るのは僕ばかりで、レイラには見向きもしない。
「甥っ子の面倒を率先して見てくれるなんて、ミラも大きくなったなぁ」
「そうですねぇ、お爺さん」
「当然のことです」
おじいちゃんとおばあちゃんがほのぼのとしているけど、お母さんは胡乱な目でミラおばさんを見ている。
「たまにはレイラの方も見てもらいたいのだが?」
「その子は人見知りです。なのでお母さんの方がいいと思うです」
……まぁいっか。
僕はあまり気にしないことにした。
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