第1話 お前はまったく泣かないよな

 僕の名前は田中帝王キング

 ……残念ながら本名だ。


 いわゆるキラキラネームってやつで、苗字が普通すぎるからせめて名前だけは目立つものにしよう、と考えた結果らしい。


 一応言っておくけど、人の上に立つ人間になってほしいという願いから付けられていて、決して帝王切開から付けられたわけじゃない。


 まぁ、そんな願いも叶いそうにないけど。


 僕は今、病院のベッドで寝ている。

 ……そのはずなんだけれど、なぜかその自分の姿を空中から見下ろしていた。


 周囲には両親や二つ年上の姉、それからずっとお世話になっているお医者さんや看護師さんの姿もある。


 お医者さんが僕の脈を確認しながら言った。


「ご臨終です」


 どうやら僕は死んでしまったらしい。

 こうしてベッドを見下ろしている僕は、霊体とかいうものだろうか。


 中学一年生。

 きっと世間は早すぎる死だと思うだろうけれど、これでも長く生きられた方だ。


 僕には先天的な病気があった。

 そのせいで生まれたときには、恐らく五年くらいしか生きられないだろうと言われていた。


 それがその倍以上、中学生になるまで生きることができたのだ。

 十分だと思う。


 僕はほとんど学校に行けなかった。

 それどころか外で遊ぶこともできず、家か病院のベッドで過ごしてきた。


 もし生まれ変われるなら、今度は目いっぱい遊べるくらい、丈夫な身体で生まれたい。

 ついでに言うと、もっと普通の名前を付けてもらいたい。


 そんなことを考えていると、空から優しい光が降ってきた。

 どうやらお迎えが来たようだ。


 やがて意識が遠のいていって――








 ……ん?


 気がつくと僕は見知らぬ部屋で寝ていた。

 どこだろう、ここは?


 自宅でもないし、病院でもない。

 まったく見たことのない部屋だ。


「おぁぁ~! おぁぁ~! おぁぁ~!」


 隣から泣き声が聞こえてきて、僕はそっちを振り向こうとした。

 だけど首に全然力が入らない。


 どうにか苦労して顔を向けると、そこにいたのは泣いている赤ん坊だ。

 まだ生まれたばかりなのか、髪の毛もあまり生えていない。


 なぜ僕は赤ん坊と一緒に寝ているんだろう?

 それに身体が上手く動かない……。


 と、そこへ部屋に誰か入ってきた。


「どどど、どうしたっ? 何かあったのか!?」


 慌てた様子で女の子に駆け寄っていくのは、すごく綺麗なお姉さんだった。

 ハーフっぽい顔立ちで、なぜか髪が真っ赤だ。


「おぁぁ~! おぁぁ~! おぁぁ~!」

「どうどうどうっ!」


 お姉さんは女の子を抱き上げてあやすが、慣れていないのかわたわたしている。

 ていうか、「どうどうどう」って、たぶん馬とかに使うやつだから。


 ようやく女の子が泣き止んで眠りにつくと、疲れたような顔で彼女は溜息を吐いた。


 それから僕の方を見て、


「それにしても、お前はまったく泣かないよな」


 いやいや、僕もう中学生だし。

 泣くわけないじゃん。


 そう思っていたら、お姉さんが腕を伸ばして僕の身体を持ち上げた。

 ファッ!?


 ずっと病気で寝ていたので同年代と比べると小柄で、当然体重も軽い僕だけれど、それでも四十キロ以上はある。

 それをお姉さんは軽々と持ち上げてしまったのだ。


 もしかしてアームレスリングのチャンピオン?

 そんなふうには見えないけど。


 僕はお姉さんの胸に抱かれた。

 ていうか、めちゃくちゃ大きいんだけどっ!?

 僕の身体が半分くらい埋まってしまうほどの胸……待て待て待て。


 違う。

 お姉さんの胸が大きいんじゃない。

 いや、大きいことは大きいのかもしれないけど……って、それは今どっちでもいい。


 僕が小さくなっているんだ。


 ぷにぷにの小さな手。

 どう見ても赤ん坊のそれだ。


 どうやら僕は赤ん坊になってしまったらしい。


 ――異世界転生。


 その言葉が僕の脳裏を過った。








 やっぱり異世界転生だ。


 数日が経って、僕はそう確信した。

 友達を遊んだりできない代わりに、漫画やゲーム、ラノベなんかをよく読んでいた僕が言うんだから間違いない。


 赤い髪のお姉さんは、お姉さんじゃなくて、僕のお母さんらしかった。

 地球だとあり得ない髪の色も、ここが異世界だと考えると納得がいく。


 染めているわけじゃなくて地毛なのだろう。

 実際、僕も隣で寝ている女の子も、髪の色が赤かった。


 女の子はどうやら僕の双子の妹らしい。

 彼女の方は赤ん坊らしくしょっちゅう泣いているので、僕と違って転生者ではないようだ。

 ウンチもおしっこも垂れ流しだ。


 もちろん前世で中学生だった僕には、そんな恥ずかしいことはできない。


「うーあー」


 まだ言葉をまともに話せないので、呻き声で主張する。


「トイレか?」

「あー」

「生まれたばかりなのにトイレを理解しているなんて、お前はすごいなぁ」


 お姉さん改め、お母さんが感心しながらトイレまで運んでくれる。

 さすがに自分一人ではできないので手伝ってもらうしかない。

 丸出しの下半身を見られるけど……まぁそこは我慢するしかなかった。


 赤ん坊なのだから当然だけど、ご飯は母乳だ。


 し、仕方ないじゃないか!

 飲まないと大きくなれないし、何より飲むのを嫌がるとすっごく悲しそうな顔されるんだから!


 幸い赤ん坊になったことで性欲が失われたらしく、興奮したりはしない。

 母親の胸で欲情するなんていう酷い状態にならなくて助かった。


 ……それにしても、父親はどこにいるんだろう?

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