第47話 普段から正気ではないが

「――〝分身〟×20」


 俺は今のところ生み出せる最大数である計二十の分身体を作り出した。


 スキルの〈分身〉とは違い、一体作り出すためには別人格が一つ必要になる。

 つまり二十体ならば、二十の別人格がいる。


 人格分離法を鍛え抜いた成果だ。


「……は?」


 唖然とする魔王を後目に、二十人の俺が〝神足通〟を使って移動。

 一瞬で魔王を取り囲んでやった。


「残像か! しかし所詮はまやかし、我には通じ――」


 そして全員で一斉に〝神空斬り〟の連射。

 無数の斬撃が魔王に襲い掛かる。


「がぁぁぁぁぁぁぁっ!? ば、馬鹿なっ!? なぜ残像が〈神空斬り〉を放ってくるっ!?」

「残像じゃないからだ」

「まさか、〈分身〉か!? だがこの数は何だ!? あり得ぬっ! そもそも〈残像〉は《殺神》のスキル、〈神空斬り〉は《剣神》のスキルのはずだ!」

「よく知っているな。まぁ両方とも我流だが」


 ふむ、それにしてもさすがの防御力だな。

 ダメージは負っているようだが、一撃一撃は致命傷になっていない。


 俺たちは続いて斬撃に魔法を乗せることにした。

 赤、青、黄、緑、白、黒の六属性。

 二十人がそれぞれ別の魔法を使い、斬撃に付与したのだ。

 四方八方から魔王に襲い掛かる。


「ぬぉおおおおおおおおっ!? なぜ魔法まで使える!? き、貴様は一体、人間の神から何の祝福を受けたというのだっ!?」

「女神の祝福? 職業のことか」


 俺は言う。


「《無職》だが」




    ◇ ◇ ◇




 いやいやいや、無理無理無理ぃぃぃっ!


 何なんだ、こいつは!?

 強すぎる!


 かつて我を倒した英雄の中に《殺神》という職業の男がいた。

 そいつも〈分身〉なるスキルを使っていたが、一度に作り出せるのはせいぜい三体が限界だったはずだ。


 だがこいつはどうだ。

 二十体だと?


 しかも本体とまったく同じ強さなのだ。

 本体一人でも我が決死の覚悟で挑もうとしていたというのに、それが二十、いや、二十一体いるのだ。

 どう考えても勝てるはずがない。


 ていうか、《剣神》のスキルである〈神空斬り〉まで使っているのだが!

 それも剣なしで! そんなことは《剣神》にすらできぬ芸当だぞ!


 と思っていたら、今度は魔法まで使ってきやがった!

 それも六種類! 斬撃に付与してやがる!


 こいつは《魔導神》なのか!?

 だが剣と魔法を同時に扱えるのは《魔剣神》のはずだ!


 今なお魔王城で暴れている神話級の魔物を召喚したのも、この男だというのかっ?

 無論、そんなことは《調教神》ですら不可能だ!


 本当に何なのだ、こいつは!?

 たった一人でかつての英雄七人分、いや、それを遥かに凌駕している!


「き、貴様は一体、人間の神から何の祝福を受けたというのだっ!?」

「女神の祝福? 職業のことか」


 最後の力を振り絞って問う我に、そいつは言った。


「《無職》だが」




 …………は?


 そんなわけ、あるか。




 それが我の最期だった。



 え? また復活すればいいって?

 いやいや、もう勘弁である。

 我は疲れた。

 ゆっくり眠るとしよう……。



    ◇ ◇ ◇




 魔王を倒した後、各地で暴れていた魔族や魔物を倒しつつ、我が家のあるフェイノットの町へと戻ってきた。

 すると町の入り口に見慣れた二人の姿があった。


「じーじとばーばだ!」


 レイラが声を上げる。

 よく見ると、父さんと母さんは魔族の一団と対峙していた。


「くっ……まさかこんな田舎に、これほどの強さの人間がいるとは……っ!」

「しかし我々に勝ったところで何の意味もない。いずれ魔王様がすべての人間を支配するのだからな」

「その通り。魔王様の前には、お前たちなど赤子同然よ」


 ふむ、どうやらこんな田舎町にまで魔王軍の手が伸びてきていたのか。

 だが田舎だからか、魔王が倒されたという情報は伝わってきていないらしい。


「魔王なら死んだぞ」

「っ? 何だ、貴様らはっ!?」

「魔王様が死んだだと? はっ、出鱈目を」


 そのことを教えてやったのだが、彼らは鼻で笑うだけだった。


「あら、アレルちゃん、お帰りなさい」

「おお、帰ってきたか」

「じーじ、ばーば、ただいまーっ!」


 こっちに気づく父さん母さん。

 レイラが嬉しそうに駆け寄っていく。


「本当だって。今すぐ戻った方がいいと思うぞ」

「黙れ。何者か知らぬが、貴様ごときが我らが魔王様を愚弄するなど、許してはおけん」

「許しておけんって、ボロボロだろう」


 父さんたちと戦って敗北を喫したのだろう、魔族たちは立っているだけでもやっとという有様だった。


「っ……ま、魔族の矜持にかけて、刺し違えてでも貴様を殺してやる! 行くぞ!」

「「おおっ!」」


 魔族たちが一斉に躍りかかってきた。


「〝神空斬り〟」

「「「なっ!?」」」







 魔族たちを瞬殺した後、ひとまず実家へ。

 アークたちが生まれた後、すぐ近くに建てた新しい家があるのだが、久しぶりに帰ってきたので食べるものも置いていない。

 なので今日のところは実家で母さんの料理を食べることにした。


 食事を準備しながら、母さんが言う。


「魔王が復活したっていうから、心配していたんですよ。無事でよかったです」

「まさかお前が倒したとはな、アレル。いや、薄々お前ならやりかねないと思ってはいたが……」


 父さんが呆れ顔を向けてくる。


「……私もまさか魔王城に乗り込むと思っていなかったぞ。貴様がそう言い出したときは正気を疑った。まぁ貴様の場合、普段から正気ではないが」

「ライナ、今、かなり酷いことを言わなかったか?」


 レイラが長旅の疲れも感じさせず、元気よく手を上げた。


「レイラとアークも魔族さんと戦ったよ!」

「あらあら、頑張りましたね、二人とも」

「うん! 強くなった! ばーば、後で見せてあげる!」

「ふふふ、それは楽しみですね」

「じ、じーじも見たいっ!」


 そして翌日。

 約束通り、成長した二人の強さを見せたのだが、


「意味が分からない……まだ八歳だろう……? アレル、お前、自重という言葉を知っているか?」

「……アレルちゃん? ちょっと二人の教育について話し合わないといけないですね?」


 なぜか俺は怒られる羽目になったのだった。

 本当になぜだ?

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