第46話 貴様に世界の半分をくれてやろう

 我は魔王。

 かつて人間どもが〝英雄〟と呼んだ戦士たちに敗れたが、しかし肉体と魂の一部をあらかじめ分離し、保存していたため、消滅は免れることができた。


 悠久のときを経て、復活のためその分身たちが動き始めた。

 周囲の生き物を食らい、我らは力を得ていった。


 多くが成長する前に死滅してしまう中で、順調に力をつけていく個体も現れはじめた。


 ダンジョンの奥で。

 深い森の中で。

 あるいは、荒くれ者たちが生きる人間の都市で。


 各地でかつての力を取り戻していく我らだったが、そこに現れたのが、あの忌まわしき人間の男だ。

 周囲の生き物を圧倒する成長を遂げていたというのに、その人間によって次々と消滅させられてしまう。


 その数、十三体。

 しかもそれぞれが何百、何千キロと離れた場所にいたはずだった。


 お陰で我の復活が何年も遅れてしまったのだ。


 それでもついにかつての力を、いや、それ以上の力を手に入れて我は魔王として復活。

 人間どもによって不毛の大地へと追いやられ、細々と暮らしていた魔族たちを招集し、魔王軍を結成した。


 だがすぐには人間の国々へと攻め入ることはしなかった。

 まずは力を蓄えることに集中したのだ。

 そして当時を凌駕する軍勢を作り上げた我は、満を持して侵略を開始した。


 この世界を我ら魔族の物とする。

 その悲願を実現するために。


 しかし――

 そんな我の前に、再び立ちはだかったのは、あの忌まわしき人間の男だった。


(あ、あいつだぁぁぁぁぁっ!)


 我らの拠点である魔王城に乗り込んできた一団は、我が軍の精鋭たちを悉く撃破し、ついに我の玉座にまで辿り着いていた。

 その中の一人に、我の目は釘づけになる。


 間違いない。

 こいつだ。


「ふむ、どうやらここがボスの部屋のようだな」


 そいつは魔王であるこの我を見ても、まったく動じることなく頷いている。

 むしろ動揺しているのは我の方だろう。

 なにせ頬が引き攣り、身体が震えるのを必死に抑え込んでいる状態なのだ。


 我は自分に言い聞かせる。


(し、心配は要らない。以前とは違う。我はかつて以上の力を手に入れたのだ。負けるはずがない)


 当時、我に挑んできたのは七人の英雄たちだった。

 だが見ろ。

 奴らはたった四人ではないか。


 ……神話級の魔物どもを除けば、だが。

 幸い、と言ってよいのか、まだ魔王城内で暴れているらしく、地響きと悲鳴が聞こえてきている。


 我は努めて威厳たっぷりに口を開いた。


「我こそは魔王ベールベーム。よくぞここまで辿り着いたな、人間の戦士たちよ」


 よし、なんとか声を震わさずに言えたぞ。


 その男は我の顔をじっと見て、言った。


「お前が魔王か。……どこかで会ったことないか?」

「そ、そんなはずなかろう!」


 ……今、めちゃくちゃドキリとしてしまった!


 悟られないよう取り繕いながら、我は問う。


「それより我が魔王軍を相手にこれほどの力を示すとは。殺してしまうには惜しい存在だ。どうだ? 我の配下にならないか? もし我の配下になれば、貴様に世界の半分をくれてやろう」


 ……決して戦いたくないから提案しているのではないぞ?


「いや別に世界なんて欲しくないんだが」


 くっ、即答か!

 迷う素振りでも見せれば、その隙を突いて攻撃をげふんげふん。


「そうか。ならばここで死ぬがよい!」


 やはり戦わねばならぬようだ。

 我は覚悟を決めた。




     ◇ ◇ ◇




 ベフィたちの加勢もあって、俺たちは立ちはだかる魔族の大群を突破。

 ついに魔王城の最奥へと辿り着いた。


「ふむ、どうやらここがボスの部屋のようだな」


 広大な空間。

 奥にある玉座らしき椅子に悠然と腰掛けていたのは、この城の主である魔族――魔王だ。


「我こそは魔王ベールベーム。よくぞここまで辿り着いたな、人間の戦士たちよ」


 いわゆる魔人族と呼ばれている、姿形において人とそれほど差のないタイプの魔族だろう。

 少し大柄の人間といった程度の体格だし、肌が赤くなければ人間と見分けがつかないかもしれない。


 しかしその身体は隠し切れないほどの禍々しい魔力を纏っており、これまでに遭遇してきた魔族とは比較にもならない強大な力を有していることが見ただけで理解できる。


 それにしても……何となくだが、初対面である気がしないのは気のせいだろうか?


「どこかで会ったことないか?」

「そ、そんなはずなかろう!」


 ふむ、やはり思い違いだったか。


「それより我が魔王軍を相手にこれほどの力を示すとは。殺してしまうには惜しい存在だ。どうだ? 我の配下にならないか? もし我の配下になれば、貴様に世界の半分をくれてやろう」

「いや別に世界なんて欲しくないんだが」


 配下になる気はないし、そもそも貰ったところで統治するのが面倒だ。


「そうか。ならばここで死ぬがよい!」


 魔王の全身から強烈な殺気が放たれる。


「「「っ……」」」


 それをまともに浴びて、ライナと双子が後退った。


 ふむ、さすがにアークたちにこいつの相手させるのは早すぎるか。

 さっきライナに叱られたし、ここは俺がやるとしよう。

 強者の戦い方を見るのもまた重要な訓練だしな。


「二人とも、よーく見ておけよ」

「「……?」」

「これから見せるのがお父さんの本気だ」

「「っ!」」


 そしてせっかくの機会だ。

 今の俺の全力を見せてやろう。

 弱い相手だと一瞬で終わってしまってあまり参考にならないが、こいつであれば少しは持つはずだ。


「――〝分身〟×20」

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