第45話 なぜわざわざ戦力を分散させる
「申し訳ございません、ベールベーム様。ゲルロードが侵入者に敗れ、死亡したようです。しかしご安心を。奴は我が軍の幹部の中では最弱。続いて出撃する竜人族の王ドラクルとその配下たちが、必ずや息の根を止めてくれることでしょう」
「……」
「魔王ベールベーム様、ドラクルが戦死したようです。ですが、堕天使ルシファレが奴らの排除に動き出しております。ルシファレは幹部の中で名実ともに最強。あの者がいるならば、もはや他の幹部など不要と言っても過言ではないほど。侵入者どもの幸運もこれで終わりでしょう」
「……」
「激闘の末、ルシファレは敗れ、逃走したようです。しかし我が軍にはまだ三人の幹部が残っております」
「……」
「さらに秘密兵器もございます。幹部以上の力を持ちながら、その危険性ゆえに地下牢内に封印していたあの男です。いざとなれば、奴を解放してぶつけましょう」
「……」
「ですがその前に、残る幹部のうちの一人、アンデッドの――」
「ええいっ! いい加減にしろ!」
それまでずっと黙って配下の報告を聞いていた魔王が、いきなり怒声を轟かせた。
「なぜわざわざ戦力を分散させる!?」
「だから各個撃破されてここまで侵入を許したのだろう! 総攻撃だ、総攻撃! 残るすべての戦力を一挙投入せよ!」
「し、しかし、魔王様……たかが人間相手にそれは……我が軍にも矜持というものが……」
「やられっぱなしで今さら矜持もクソもあるか! 今すぐ全軍に告げよ! 総力を挙げて侵入者を叩き潰せ、と!」
「はっ、畏まりました……っ!」
◇ ◇ ◇
「む? なんか急にいっぱい来たな」
魔王城に突入した後も何度か魔族や魔物が襲い掛かってきたが、順調に撃破して奥へと進んでいた。
しかしここに来て一気に敵が増えてきた。
前も後ろも右も左も魔族や魔物でびっしりだ。
先ほどまでは小出しに戦力を投入してきていたのに、方針を変えたのかもしれない。
「おい、どうするんだっ? アークとレイラはこれまでの戦いで疲れてきている。これだけの数に飲み込まれたら危険だぞ」
ライナが言うように、ここまでの連戦で、アークとレイラはかなり疲労が溜まっているようだった。
基本的にいつもテンションの高いレイラがやけに大人しいのは、眠いからだろう。
「ふむ、確かにこれまで頑張ってきたからな。だがここで踏ん張れば、もっと強くなれるはずだ。父さんも若い頃はよく不眠不休で訓練をしたものだ。というわけで――」
「というわけで、じゃない。貴様は鬼か。二人はまだ八歳なんだぞ?」
「まったく、相変わらずライナは過保護だな」
「やはり貴様とは一度しっかり話し合うべきだ……」
これだけの大群と戦える経験は貴重なのだが、ライナがここまで言うなら仕方がない。
「サモン――ベフィ、リヴィ、フェニー、プルル、マティ」
俺は召喚術を使って従魔たちを呼び出した。
急に見知らぬところに召喚されて戸惑う彼らに、俺は告げた。
「あれ全部敵だから全力で叩き潰していいぞ」
◇ ◇ ◇
ドオオオオオオンッ!
ズガアアアアアンッ!
バリバリバリバリッ!
「な、何だ? 何が起こっているのだ?」
凄まじい轟音とともに魔王城全体が大きく揺れていた。
激震は魔王城最奥にまで到達しており、玉座に腰かけていた魔王もこの異変を前に思わず立ち上がっている。
そこへ配下が慌てた様子で報告してきた。
「ま、魔王様っ! 魔王城内に突如として神話級の魔物が出現っ! 我が軍に襲い掛かり、現在パニックに陥っております……っ! さらに魔界最恐のグラトニースライムや爵位持ちと思われる悪魔まで……っ!」
「何だと……?」
ただでさえ謎の人間の侵入者への対応に追われていたのだ。
魔王はしばし時が止まったように絶句し、そしてゆっくりと当然の疑問を吐き出す。
「い、一体どこから現れたのだ?」
「わ、分かりません。しかし、あの人間が召喚するのを目撃したとの情報も……」
「は? ……ま、待て。人間が神話級の魔物や魔界の爵位持ち悪魔を従えているだと? 何の冗談だ? というか、本当にそいつは人間なのか?」
かつての英雄の中にも魔物使いはいたが、せいぜい伝説級の魔物までだ。
人間ばかりか、魔族にも飼い慣らすことなど不可能。
それが神話級の魔物なのである。
「いや、呼び出すだけならば可能……か」
従えるのは不可能でも、召喚するだけであれば不可能ではない。
それも決して簡単ではないのだが、それならまだ納得できると、魔王は考え直す。
「しかし、彼らは我が軍だけを選んで攻撃してきているようでして……」
「えええ……」
と、そのときだった。
別の配下が血相を変えて駆け込んでくる。
「ま、魔王様っ! 侵入者たちが、もうすぐそこまで迫っております……っ! 現在、最後の抵抗を続けておりますが、恐らくあと五分も持たないかと……っ!」
「……来たか」
こうなってはもはや自らが迎え撃つ以外に方法はないだろう。
魔王の矜持として逃げ出すわけにもいかない。
焦っても仕方がない。
玉座に腰かけ直すと、魔王らしく悠然と敵を迎えることにした。
だがなかなか心を落ち着かせることはできない。
それどころか、先ほどから言い知れない不安が込み上げてくる。
(……この魔力……どこかで感じたことがある気がする……。……そうだ、各地に散った我の分身たち……その多くが、同じ人間によって葬られた……)
復活のため分離させた魂たちだったが、元は一つだったこともあり、各々の記録を僅かならが共有していた。
その微かな記憶を辿っていくと、ある人間の姿が浮かび上がってくる。
(確か……黒髪の、男……。奴がいなければ、もっと早く我は復活していた……)
やがて、その一団が魔王城最奥にあるこの部屋へと姿を現す。
「ふむ、どうやらここがボスの部屋のようだな」
その中の一人を見た瞬間、魔王は思わず心の中で叫んだのだった。
(あ、あいつだぁぁぁぁぁっ!)
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