第44話 空に浮いてるみたーい

 魔法都市を発った俺たちは、途中で魔族に占拠されていた都市を救いつつ西へと進んだ。

 そして、辿り着いたのは広大な渓谷地帯。

 足を踏み外すと谷底に真っ逆さまといった危険な崖が無数に連なるそこで、俺たちは魔王軍の本拠地を発見した。


「なるほど、あれが魔王城か」

「わー、空に浮いてるみたーい」


 レイラが楽しそうに言う。

 谷底から噴き上がる霧で覆われているため、禍々しい巨城が雲の上に浮遊しているように見えるのだ。


 岩の上を進んで近づいていくと、俺たちの前に立ちはだかる一団があった。

 魔族と魔物で構成されており、総勢二百ほど。


「おいおい、どんな連中かと期待していたってのによ、男一人に女子供じゃねぇか」

「こりゃ、随分と大袈裟に出迎えちまったようだな」

「そこ、私語は慎め! 各地で我が軍の幹部たちが次々と謎の敗北を喫していると聞く! 人間を侮ってはならない!」

「……だからって、どう見てもこいつらじゃねぇだろ」

「だよな」


 どうやら魔王城に乗り込むためには、まずこの一団を倒さなければならないらしい。

 しかし指揮官こそ声を張り上げて警戒を促しているが、大半の魔族はまったく緊張感がない。


「油断している隙に大きいやつを一発、ぶっ放してやれ」

「わかった! やるよ、アーク!」

「うん」


 レイラとアークがそろって魔法を放つ。


「サイクロン」

「パーマフロースト」


 絶対零度の巨大竜巻が魔族と魔物の群れを飲み込んだ。


「ば、馬鹿なっ!?」

「人間風情がこのような高等魔法を……っ!?」

「す、すぐに赤魔法で――」


 魔族たちは対抗手段と取ることも逃げることもできず、次々と凍りついていく。

 気がつけばそこにはただ無数の氷像が乱立するだけで、動くものは皆無となっていた。


「さて、先に進むか」




   ◇ ◇ ◇



 魔王城最奥。

 禍々しいデザインの玉座に腰かけた魔族が、傍にいた配下の魔族に訊ねた。


「……少し城の外が騒がしいようだな」

「はっ、魔王・ベールベーム様。人間の一団が城に接近してきたとのことで、現在、城外警備隊が対処しているところでございます。ごく少数であり、問題なく対処できるでしょう」

「そうか。〝英雄〟ではないのだな?」

「人間どもが言う英雄であれば、先日、ルシエル様を前に無残な敗北を喫し――」

「無論、それは知っておる。だがやつらは本物ではなかったという話ではないか。女神によって召喚された本物が他にいるかもしれぬ」

「はい。しかしたとえ相手が何であれ、我ら新生魔王軍に敵う人間など、いようはずがありません」

「……」


 そのとき何らかの手段で外の情報が届いたのだろう、配下の魔族が眉根を寄せた。


「……たった今、新たな報告がございました。人間の一団が城外警備隊を撃破、我が城へと接近を続けている、と」

「なんだと?」

「しかし何の心配もございません。城門はガネルジャが護っております。知能の関係で門番をしていますが、戦闘能力だけならば我が軍の幹部クラス。城内へと進入することは絶対に不可能でしょう」

「……」



    ◇ ◇ ◇



 魔王城の入り口へと辿り着いた。


「門が開いているな」


 巨大な門扉がまるでこちらの侵入を歓迎するかのように大きくあけ放たれていた。

 しかし門を通ろうとしたところで、上から何かが降ってくる。


 ズドオオオオオオンッ!


 大きな地響きとともに着地したのは、ゾウの頭を持つ巨漢の獣人だった。


「オラはガネルジャ。この門の番人だぞう。許可のないやつは通さないぞう」


 長い鼻を悠然と振り上げながら宣言するゾウの獣人。

 身の丈は五メートルを超えており、横幅の太さも相まって、門を完全に塞ぐ形で立ちはだかっている。

 まぁベフィに比べたら可愛いもんだが。


「アーク、行くよ!」

「うん」


 俺の横から双子が疾走する。

 怖れることなく巨漢に突っ込んでいった。


「羽虫は捻り潰してやるぞう!」


 ゾウの獣人は長い端を振り回して撃退しようとする。

 二人は小さな身体を活かしてそれを潜り抜け、肉薄すると剣で斬りつけた。

 しかし、


「効かないぞう! オラの皮膚はとっても硬いんだぞう!」


 刃がほとんど通らず、薄く表面に傷がついただけだ。


「かたーい!」

「でもベフィほどじゃないよ」


 それから二人はゾウの獣人の右足を執拗に狙った。

 最初は余裕ぶっていた獣人も、何度も同じ個所を傷をつけられて、さすがに痛みを感じ始めたようだ。


「い、痛いぞう!? 同じところばかりはやめるぞう!」


 涙目になって訴えるが、もちろん二人は攻撃の手を緩めない。


「ちょこまかと動くんじゃないぞう!」


 長い鼻を器用に操って二人を狙うが、俊敏な彼らをなかなか捕らえることができない。


「これならどうだぞう!」


 ブホオオオオオッ!


「っ!?」

「アーク!?」


 アークの身体が宙に浮かんだ。

 そしてゾウの鼻へと一気に引き寄せられていく。

 周囲の空間ごと引っ張るかのような、凄まじい吸引力だ。


 アークは鼻先に捕まってしまった。

 ゾウの鼻は手のように物を掴めるようにできているのである。


「一人お終いだぞう!」


 地面に叩きつけようというのか、アークの小さな身体を大きく振り上げる。


「エクスプロージョン」


 だがその前に鼻の中へと手を突っ込んで、アークが魔法をぶっ放した。


「パオオオオオオオオオオオオンッ!?」


 鼻の奥で強烈な爆発が巻き起こり、ゾウの獣人は絶叫を轟かせた。

 目がぐるりと裏返り、巨体が地面にずどんと倒れ込む。


「死んでるな」


 近づいて確認してみると、鼻が弱点だったのか、ゾウの獣人は絶命していた。



   ◇ ◇ ◇



「……ガネルジャが破れ、城内への侵入を許したとのことです」

「なに?」

「ですが、すでにダークエルフの王であるゲルロードとその配下たちが出動いたしております。奴らの快進撃ももはやここまででしょう」

「……」

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