第43話 どうやら元の街に戻ったようだな
血でできた鞭が二人を襲う。
剣でガードしようとしたが、しかしどういうわけか鞭が刀身をすり抜ける。
「「んぎゃっ!?」」
強烈な一撃を浴びて二人一緒に吹き飛ばされてしまう。
「ハハハ、私の血は剣のように凝固させることもできれば、水のように流体化させることもできるのですよ」
さらにヴラドの血液がまるで多頭の蛇のように分かれ、二人に襲い掛かった。
それが手や足に巻きつき、身動きを奪われてしまう。
「さて、このまま殺してしまうのは簡単ですが、これほど活きのいい子供を失うのは惜しい。そうですね、せっかくですし、私の眷属にして差し上げましょう。それもただの眷属ではありません。あなた方を同族たる吸血鬼へと昇華してあげましょうか」
「えー、やだーっ! やるならアークだけにして!」
「僕もごめんだよ!」
「じゃあ、やっつけよう! エクスプロージョン!」
「ば、ばかっ、こんなところで――」
ヴラドを中心に激烈な爆発が巻き起こった。
室内なので衝撃の逃げ場がなく、二人も一緒に後方へと吹き飛ばされ、壁に思い切り叩きつけられた。
「アーク、レイラ!」
「二人なら大丈夫だ」
俺はライナを庇いつつ、衝撃波に斬撃を打ち込むことで相殺。
ようやく爆風が収まったときには、部屋の壁、天井、床が大きく湾曲し、無数の亀裂が走っていた。
部屋の中心では赤々と炎が燃えている。
その奥からヴラドが悠然と姿を現した。
「まったく、とんでもないことをする子供ですね。しかしいかにそれが強力であっても、通常の魔法では私を殺すことはできませんよ」
全身の火傷が瞬く間に回復している。
とてつもない不死性だ。
ほとんど自爆によって壁へと激突したアークとレイラだったが、お陰で血の拘束からは逃れることができていた。
加護によってダメージの方も回復している。
「だったら! これでどーだ! いくよ、アーク!」
「分かった、レイラ」
二人は仲良く手を繋ぎ、それを前方へと掲げた。
一体何をする気なのかと訝しそうにするヴラドだが、自らの不死性に自信を持っているのか、平然と二人の様子を窺っている。
レイラの魔力が三つの異なる属性へと別れていく。
それは赤、黄、白の三色だ。
一方で、アークの魔力もまた三つの属性へと分離する。
こちらは青、緑、黒である。
やがてそれぞれの三種の魔力が混ざり合い、さらにまたそれが二人の繋いだ手を中心に融合していく。
そう、本来ならこの魔法は一人で放つものだ。
しかし今の二人は、まだ一人で三つまでしか同時に術式を組み上げることができない。
だから二人で分担することにしたのだろう。
魔力の性質がほとんど変わらない双子だからできる芸当だ。
もし魔力の性質がまったく違う人間がやろうとすると、最後に上手く融合させることができず、下手をすれば暴発してしまっただろう。
「「イレミネーションっ!」」
刹那、二人の前方にあったありとあらゆるものが消滅した。
それは空気ですらも例外ではない。
もちろん吸血鬼も。
「……は?」
俺の横でライナは口をあんぐりと開けている。
「な、何が起こったんだ?」
「今のは消滅魔法だ」
「消滅魔法……?」
「ありとあらゆる物質をこの世から消し去る魔法だ。全六種類の魔法を習得し、なおかつそれらを融合させて初めて可能となる。二人はそれを二人がかりで発動させたんだ」
「……貴様はなんて恐ろしい魔法を子供に教えてるんだ……」
「教えはしたが、今まで成功したことはなかったぞ」
つまり二人は土壇場で初めて成功させてみせたのだ。
火事場の馬鹿力、などという言葉もあるが、こうしたことは決して稀ではない。
実戦によって潜在能力が引き出されるのだろう。
俺の狙い通りだ。
「ちなみに俺は普段から使ってる。粗大ごみ捨てるときとか、頑固な汚れを落とすときとかにな。便利だぞ」
「家に帰ったら貴様とは一度しっかり話し合うべきだな!」
そして肉体が完全に消滅してしまっては、さすがの吸血鬼の真祖も復活は不可能のようだ。
「……倒した?」
「うん、たぶんね」
「やったーっ!」
アークとレイラが勝利を確信してハイタッチを交わす。
「二人ともよくやった」
「パパ! えへへーっ!」
レイラは駆け寄ってくると、褒めて褒めてとばかりに頭を差し出してくる。
さらさらの髪の毛を撫でてやった。
その日の夜、再びカイトの家に泊めてもらった。
夜中になってもカイトとクーファは部屋でちゃんと眠っており、襲い掛かってくる気配はなかった。
街中を確認してみても、外を歩いているのは野良ネコと千鳥足の酔っ払いぐらいだ。
「どうやら元の街に戻ったようだな」
こうして人知れず俺たちは吸血鬼の支配から都市から救うことに成功したのだった。
「しかし剣の都市といい、これほどまで魔王の手が広がっているとはな」
西方の国や都市はもはや完全に征服されてしまったとも聞く。
このまま放っておくわけにもいかないだろう。
俺は決断した。
「……よし、二人の訓練がてら魔王のいるところに行ってみるか」
◇ ◇ ◇
「へ、陛下……残念なご報告がござます……。魔王軍に占拠されたレイゼルの街を救うべく、ハルドーラを旅だった英雄たちが……何日経っても帰ってこない、と……」
「な、なんと……」
「レイゼルには魔王軍幹部の魔族がいたとの情報がございます……。恐らく、彼らは……」
「そうか……」
玉座の間に重苦しい空気が満ちる。
元より厳しい戦いになることは予想されていた。
ここ聖王国は大陸でもっとも古い国の一つであり、それゆえかつての英雄たちの記録も多く残されていた。
それによれば、七人の英雄たちは女神によって異世界から召喚されたという。
もし魔王が復活したなら、再び女神が英雄たちを召喚するのだろう。
この国の学者たちの多くはそう考えていた。
しかし英雄たちが現れることはなかった。
そこで聖王国は、英雄足り得る存在を集めることにしたのだ。
いわば人為的な英雄だ。
だが当然ながら七人を英雄として認定する予定だったのだが、幾つかの問題が重なり、最終的に五人となってしまうなど、旅立つ前からすでに暗雲が漂っていた。
無論、まったく勝算がなかったわけではない。
その五人の実力は確かなものだったし、長き歴史を経てきた国の宝物庫には伝説級の武具が幾つもあったのだが、それらを惜しげもなく譲渡した。
中にはかつての英雄が使っていたとされる武具もあったほどだ。
「だがそれでもやはり魔族には勝てなかったか……」
もはや打つ手はない。
このまま魔王軍に侵略されるのを座して待つしかないのだろう。
ここ聖王国の領内の都市も、すでに幾つか落とされていた。
「で、ですが、一つ、朗報といってよいのか分かりませんが……」
「なんであれ言ってみるがよい。今は小さな希望にも縋りたい気分だ」
「か、畏まりました。……実は、とある家族連れが、魔王軍の幹部に占領された都市を救ったとの噂が……」
「…………は? 家族連れ?」
あまりにも突拍子もない内容だったからか、聖王国の王は思わず聞き返してしまった。
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