第20話 まず人格を二つに分離するんだ

「ふむ? そんなところで何をやってるんだ?」

「し、師匠!?」


 俺が宙に浮かびながら近づいていくと、カイト、クーファ、コレットの三人組がガタガタと身体を震わせながら魔法を発動しようとしていた。


「それはこっちの台詞よ!?」

「そ、そうです……っ! こんな時間に何をされてたんですか……っ?」


 安堵と怒りの入り混じった様子で問い詰めてくる。


「何って、見ての通り飛行魔法の訓練だ」


 言いながら、俺は欠伸を噛み殺す。

 急に起こされたので眠たいのだ。


「く、訓練!? こんな時間に……っ!?」

「まだ大した時間ではないだろ?」


 月の位置から考えて、恐らく朝まであと五、六時間はあるだろう。


「いやいやいや、もうとっくに日付変わってますって!」

「あなた一体、何時までやるつもりよっ?」

「朝までだが?」

「まさか、寝ないで訓練するんですか……っ?」

「き、昨日のもアレルさんだったとすると……も、もしかして、毎晩……?」


 唖然とする彼らへ、俺はその間違いを否定する。


「いや、ちゃんとしっかり睡眠の方も取っているぞ。七時間はな」

「えっと……師匠、意味が分からないんすけど……?」


 頭に幾つものクエスチョンマークが浮かんでそうな顔をする彼らに、俺は教えてやった。


「寝ながら訓練しているんだ」

「「「……は?」」」






 俺は昔から朝が弱かった。

 それに毎日最低でも七時間は寝なければ調子が悪い。


 寝ることは嫌いではないし、むしろ好きな方だ。

 だがそれでも寝ている時間、何もできないのは勿体ないと思っていた。


 そこで考え出したのが〝睡眠訓練〟である。

 もちろん睡眠を訓練するのではない。

 睡眠中にも訓練をするということだ。


 もし寝ながらでもトレーニングすることができるようになれば、まさに一石二鳥。

 一日を丸々使うことができるようになる。


「そ、それで師匠は夜中に寝ながら飛行魔法の訓練をしていた、と……?」

「……すいません、わたし、何を言ってるのかまったく理解できないんですけど……」

「コレット、私もよ……」


 俺はここ最近、睡眠訓練として飛行魔法の訓練を行っていた。

 だが先ほど物凄い悲鳴が聞こえてきて、さすがに目を覚ましたのだった。


 しかし彼らはなぜこんなところにいるのだろうか?

 コレットはこの学院の生徒だからいてもおかしくないが、カイトとクーファは別の学院だ。


「何をやっていたんだ、ここで?」

「ご、ゴーストかもしれないからって、確かめに来たんすよ!」


 どうやら夜中に空を浮遊していた俺を、コレットがゴーストだと勘違いしたらしい。


「むしろゴーストなんかよりよっぽど怖ろしいものを見た気がするわ……。何よ、寝ながら訓練って……」

「そんなこと、どうやったらできるんですか……」


 慣れればそれほど難しいことじゃないんだがな。


「まず人格を二つに分離するんだ」

「ファーストステップからとんでもないのが来たんですけど……」


 片方の人格に睡眠を取らせ、もう一方の人格に訓練をさせる。

 こうすれば睡眠と訓練を同時にすることができるのである。


「百歩譲ってそんなマネができるとして……それって、寝ていることになるの?」


 クーファが呆れたように訊いてくる。

 もっともな指摘だ。


「ちゃんと疲れは取れているし、問題ないと思うぞ。そもそも睡眠において大事なのは精神的な部分だったりするからな。たとえ徹夜でも、〝今日はぐっすり眠れた〟って思えば、不思議と体力は回復しているものだ」

「分からなくもないけど、さすがにそれは言い過ぎじゃ……」


 とにかく、この人格分離法は非常に便利で応用が利く。


「頭で術式を組み上げながら、同時に敵の攻撃を回避する、というふうに、二つの行動を同時にすることができるんだ。もちろん、二つの魔法を並行して発動することも簡単になる」


 俺がこれを思いつき、練習を始めたのは剣の都市から実家に帰ってからなのだが、そのお陰で六色の魔法のを三年ほどで習得することができた。

 そうでなければ、もっと時間がかかっていたことだろう。


「ちなみに今はその気になれば、最大で四つまで人格を増やすことができる」

「またさらっととんでもないこと言わないでくださいよ!?」


 カイトが目を剥いて叫ぶ。


「目標としては司令塔となる主人格を置いた上で、六つの人格を長時間保持できるようになることだな。そうすれば六つの魔法を同時に扱うことができ、なおかつ外界で起こっている事象にも対応することが可能になる」

「「「……」」」


 む?

 いつの間にか三人が達観したような目になっているのだが?


「いえ、師匠のレベルに到達するのは無理でも、せめて自分の得意な魔法くらいは極められるように頑張ろうって思いまして……」

「……私もよ。何だか術式を覚えるくらいで四苦八苦している自分が、バカバカしく思えてきたわ……」

「ですね……」


 ふむ。

 よく分からないが、モチベーションがアップしたというのなら良いことだ。


 それから三人は欠伸を噛み殺しながら去っていった。

 まだ朝まで時間があるし、一眠りするつもりだろう。


「さて、俺も寝るか」


 ただし飛行魔法の訓練をしながらだけどな。

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