第34話 ちょっと面識があるだけの赤の他人だ

「あ、あんな化け物に勝てるわけがない……せめてギルド長がいれば……」

「諦めるんじゃねぇ! こっちには何人ものA級剣士がいるんだ! それにリリア嬢だって……あれ? リリア嬢はどこに?」

「本当だ!? いつの間にかリリア嬢の姿がないぞ!?」


 魔族に防壁の一部を破壊され、剣士たちが狼狽えている。


 そのとき背後に気配を感じて、俺は振り返った。


 ズズズズ……。


 俺はアーク、レイラと一緒に路地に身を潜めているのだが、その隅っこにあった石床の一つがゆっくりと動いていた。

 やがて人一人が通り抜けられるぐらいの穴が開くと、そこからぬっと手が出てくる。


「ふぅ、こんなこともあろうかと思って、抜け道を用意しておいて助かりましたね。あんな怪物と戦ってられませんってば」


 そして姿を現したのは、見覚えのある金髪の女だった。


「……何やってんだ、リリア?」

「ひょわっ!? って、アレルさん!? びっくりさせないでくださいよ!? 魔物に見つかったかと思ったじゃないですか!」


 よく見ると泥などが付いて汚れており、少し臭い。

 レイラが鼻を摘まみながら訊いてきた。


「パパ、このおばさん、誰?」

「だ れ が お ば さ ん じゃ !!」

「おいバカ静かにしろ、見つかるぞ」

「はっ」


 慌てて口を押えるリリア。

 俺はアークとレイラに教えてやる。


「ちょっと面識があるだけの赤の他人だ」

「酷い! ていうか、めちゃくちゃ両親に似てるその子たち、もしかしなくても二人の子供ですか?」

「そうだ。それより随分と大変なことになっているみたいだな」

「そ、そうなんですよ!」

「ほとんど魔物に占領されてるようだが、何でこんなに簡単に? 仮にも剣の都市だろう?」

「ええと、実はですね」


 リリアが言うには、魔族と彼らが率いる魔物がこの都市を責めてきたのは、ほんの数日前のことだったという。

 当然ながらこの都市の剣士たちは応戦した。

 そして当初は優勢だったそうだ。


 しかし魔族が、力のない一般市民を人質に取るという卑劣な手を使ったことにより、戦況は一変した。

 多くの剣士たちが剣を捨て、敵に捕らえられてしまったという。


「なるほど」


 そもそも剣の都市と言っても、普通の住民の方がずっと数が多い。

 戦えない者たちを庇いながら戦うというのは難しいことなのだ。


「お父さんもそれで捕まってしまったんです……」

「そうか。じゃあリリアは何で抵抗を続けていたんだ?」

「え? だって戦えない人たちのせいで捕まるなんてわたしは御免ですし」


 どうやら「人質など知ったことか!」という一部の剣士たちを扇動して、ギルドの本拠地に立て籠もっていたらしい。

 相変わらずだな、こいつ。


「「……」」


 アークとレイラが半眼でリリアを見ている。


「しかもそれが落とされそうになったから、抜け道を使って自分だけこっそり逃げてきた、と」

「だってこんな美人、捕まったら最後、発情した変態魔族たちの慰め者にされることは間違いないですよ?」

「あと十年早ければな、おばさん」

「だ れ が お ば さ ん じゃ !!」

「だから静かにしろって」


 そのとき本拠地の方から剣士たちの声が聞こえてきた。


「まさか、リリア嬢は一人で逃げたんじゃ……」

「そんなはずはないだろっ? ついさっきまで最後まで力を合わせて戦おうと鼓舞していた張本人だぞ? さすがにそこまで酷い性格では……いや、あり得るかもな……」

「そうだな……三十を過ぎても未だに結婚できないせいか……ますます捻くれてしまっているからな……」


 酷い言われようだった。

 まぁ間違っていない。


「あ、い、つ、ら~~~~っ!」


 リリアは頬をぴくぴくさせながら震えている。

 それから何を思ったか、そのまま路地から飛び出していった。


「リリア嬢!?」

「逃げてなかったのか!?」

「もちろんですよ! 一人でこっそり抜け道を使って逃走を図ろうなんて、そんな卑怯で下劣な女ではありません! わたしは剣士として最後の最後まで戦い抜く決意ですっ!」


 どうやら卑怯で下劣な女だという自覚があるらしい。


「リリア嬢……」

「だ、だが、それなら何でそんなところに……?」

「ふっふっふ! 聞いて驚きなさい! 実はこの状況を覆すことができる最強の助っ人を連れてきたんですよ!」


 リリアは自信満々に宣言する。

 このままこっそり立ち去ったら面白いだろうなと思ったが、さすがにやめておいた。


「さあ、アレルさん! 魔族なんかちゃちゃっとやっつけちゃってください!」


 やはりそうくるか。

 俺は嘆息しながらも路地から姿を見せる。


「なっ、アレルだと!?」

「まさか、あの!?」

「《無職》でありながら、かつて若干十五歳にして剣神杯を制したあのアレルなのか!?」


 あれから十年以上は経っているはずだが、どうやら俺のことを覚えている者がいたらしい。


「覚えているというか、伝説になってますし、この都市の人間なら知らない人はいないですよ」

「そうなのか?」

「はい。ちなみにわたしは元恋人ということになってます(ハート) ぶごっ!?」


 軽く腹パンを見舞ってやった。

 くの字になって悶絶するリリア。


「あのリリア嬢を平然と殴った!?」

「さすが英雄アレルだ!」


 なぜか感動されてしまったんだが。


「最強の助っ人だと? 人間ごときが我ら魔族に敵うわけないだろう」


 ゴリラ獣人が小馬鹿にするように笑いながらこっちを見てくる。

 そして支配下に置いているらしい魔物に命じた。


「あいつを叩き潰せ」

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