第33話 あの人たち手加減してるの

 遠くに剣の都市が見えてきた。

 しかし何やら様子がおかしい。

 白魔法で一時的に視力を上げて確認する。


「城門が破壊されている?」


 昼間は開けっ放しにされている重厚な門扉が今は閉じられており、しかしその真ん中に大きな穴が開いていた。

 いつもなら旅人や商人が頻繁に行き来しているはずだが、その姿はまったく見られない。


 その一方で、門の周辺を魔物がうろついていた。

 ウェアウルフの他に、オークやミノタウロスといったいずれも獣系の魔物だ。


 そしてそんな魔物たちを率いていると思われるのが、大きな戦斧を手にした虎の魔物――いや、あれは魔族かもしれない。


 いわゆる獣人と呼ばれる魔族の一種である。

 魔物と魔族の境目は諸説あるが、一般的に人間と同等の知能を有し、言語能力を持つ存在を魔族と呼ぶ。

 この定義から言うと、ウェアウルフやオークなどは魔物であって魔族ではない。


 だが門の前で退屈そうに欠伸を噛み殺している人型の虎は、明らかに知性が感じられた。


「魔族がいるかもしれない」

「何だと? じゃあ、本当に……」


 かつて魔王の支配下にあった魔族は、七人の英雄たちとの戦いによって絶滅寸前にまで数が減少し、現在は辺境で細々と暮らしていると言われていた。

 もし魔族が現れたのだとすれば、やはり魔王の復活は間違いないのかもしれない。


 俺はいったん船を止めると、避難民たちに状況を伝えた。


「そんな!?」

「まさか、剣の都市が魔王に落とされたっていうのか……っ?」

「じゃあ俺たちはどこに逃げればいいんだよっ!?」


 狼狽える彼らを連れてこのまま突っ込んでいくわけにもいかないし、かといってここに放置しておくわけにもいかない。

 一度Uターンして近くの森の中へ。


「俺たちは都市の中を調べてくる。隠蔽結界を張っておくから魔物に襲われる心配はないだろう」

「わ、分かりました」

「ライナはここで彼らの護衛を頼む」

「ちょっと待て。二人も連れていく気か?」

「もちろんそうだが?」


 せっかく魔物だけでなく魔族もいる(かもしれない)のだ。

 知性を持つ相手との戦いは、学ぶべきものが多い。


「だったら私も連れていけ」

「いや、ライナは〝隠密〟が使えないだろ? さすがにいきなり正面から乗り込むような真似はしないって。アークとレイラは使えるもんな?」

「使えるよ、パパ!」

「ぐう……」


 ぐうの音しか出ないライナを置いて、俺はアーク、レイラとともに城壁へと近づいていった。

 空を飛んで壁の上へ。

 これもライナにはできないしな。


 高い城壁の上からなら都市を見渡すことができた。


「ふむ、どうやら随分と大変な状態のようだな」


 都市の中を我が物顔で魔物が跋扈していたのだ。

 壊れた家々や道路などを見るに、大きな戦いが起こったこと後であることが伺える。

 まだ煙が燻っている家屋もあり、それほど時間が経ってはいないようだ。


 遠くから叫び声や剣戟の音が聞こえてくる。

 もしかしたらまだ戦っている最中なのかもしれない。


 とりあえずそっちに向かってみようと思うが、都市の上空を飛び回っている魔物がいた。

 空を飛びながらの〝隠密〟は少々難度が高い。

 地上を移動した方がよさそうだ。







 戦いの中心地には見覚えがあった。

 というのも、そこはかつて俺が所属していた冒険者ギルド〝ドラゴンファング〟の本拠地だったからだ。

 ちょっとした町の防壁に匹敵する分厚い壁に守られており、ほとんど要塞のような建物である。


 それが今、多くの魔物に取り囲まれていた。


「無駄な抵抗はやめるがいい、愚かな人間どもよ! そうすればしばらくの間は生き長らえることができるぞ!」


 大声を響かせるのは、ゴリラの獣人だ。


 どうやら現在、あそこに立て籠もって抵抗を続けているらしい。

 内部に侵入しようとしてくる魔物を、防壁の上にいる剣士が斬り落としていた。


 獣人の言葉に耳を貸す様子はない。


「まったく、人間というのはつくづく理解不能な生き物だ。同胞を人質に取られると抵抗できなくなるかと思えば、今度は明らかに意味のない抵抗を性懲りもなく続けている」


 ゴリラ獣人はやれやれとばかりに筋肉で盛り上がった肩を竦めると、自ら防壁へと近づいていった。

 そして、


「ウホオオオオオオオオオッ!!!」


 凄まじい雄叫びとともにその剛腕を壁に叩きつける。


 ズゴオオオオオンッ!


 壁が粉々に砕け散った。


「なっ!?」

「馬鹿なっ!? 防壁を拳で破壊しただとっ!?」

「化け物めっ!」


 防壁を守っていた剣士たちが目を剥いて叫ぶ。

 だがすぐに気を取り戻すと、一斉にゴリラ獣人へと斬りかかっていった。


「無駄無駄無駄ぁぁぁっ!」

「「「がぁぁぁっ!?」」」


 しかしゴリラ獣人が腕を振り回すと、それだけで剣士数人がまとめて吹き飛ばされていく。

 逆にたとえ運よく彼らの剣が届いても、その鎧のような筋肉に弾かれ、まったくダメージが通らない。


「これが本当に人間の戦士なのか!? 脆弱に過ぎる! このような生き物が我が物顔で地上を支配しているとは、あまりに嘆かわしい! やはりこの世の支配者に相応しいのは我らが魔族だ!」

「……これが魔族……」

「信じられない強さだ……」


 ふむ、話には聞いていたが、あれが魔族か。

 思っていたより――


 そのとき、くいくい、とレイラが俺の服の袖を引っ張ってきた。


「ねぇ、パパ。あの人たち手加減してるの? あのゴリラさん、そんなに強くないと思うけど……」


 うん、お父さんもそう思うぞ。


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