第35話 年上のお姉さんとかどうですかね

「「「ウホウホウッ!」」」


 そんな鳴き声を上げながら躍りかかってきたのは、大猿の魔物であるバッドコングだった。


「遅い」

「「「ッ!?」」」


 俺は三体の大猿たちの間を擦り抜けざま、その首を刈り取った。

 一斉に崩れ落ちる巨体。


 ゴリラ獣人が唖然とした顔になる。


「なっ……貴様、一体何をした?」


 ふむ、あの程度の斬撃が見えなかったのか。

 やはり大したことないな。


「よし。アーク、レイラ、あのゴリラはお前たちに任せた。俺は周辺の魔物を片づける」

「うん、分かった!」

「……うん」


 これに抗議してきたのはリリアだ。


「ちょっ、何考えてるんですか!? まだ祝福も受けてないような子供を魔族と戦わせるなんて! 我が子を殺す気ですか!?」


 さらに話を聞いていた剣士たちも、


「なっ、あんな子供を戦わせるだって!?」

「あの魔族の強さを分かってないのかっ!?」


 一方、額に青筋を立てたのはゴリラ獣人だ。


「……随分とこのオレを舐めているようだな、下等な人間の分際で。そのような餓鬼ども、指一本でひき潰してくれるわ!」

「んー、それはむずかしいと思うよ、ゴリラさん」

「何だと? っ、いつの間にっ!?」


 レイラはすでにゴリラ獣人の間合いに入っていた。

 幾ら気配を消していたとはいえ、あんなに簡単に接近を許すとは、やはり大したゴリラではないな。


「だ、だが、非力な人間の子供の剣では、オレの身体に傷をつけることなど不可――」


 ズバッ!


「がぁぁぁっ!?」


 レイラの斬撃を浴び、ゴリラ獣人から血飛沫が舞う。

 さすがにそれなりに頑丈のようで、致命傷にはなっていない。


「貴様ぁっ!」


 怒りの形相で、ゴリラ獣人が腕を振り回す。

 だが技も駆け引きもない、ただ子供の喧嘩のような攻撃だ。

 レイラは完全にそれを見切って危なげなく躱していく。


「のぉっ、ちょこまかとっ!」

「ゴリラさん、ゴリラさん、レイラばっかりでいいの?」

「何だと?」

「僕もいるってことだよ」

「っ!?」


 頭の上から降ってきた声に、ゴリラ獣人が目を見開く。

 アークが肩の上に乗っかっていた。


「よっと」


 ブシュゥゥゥゥッ!


「~~~~~~ッ!」


 盛大な血の雨が降った。

 首筋を切られたゴリラ獣人は、そのまま意識を失って地面に倒れ込む。


「ま、魔族を倒しやがった……」

「本当に子供二人で……」

「信じられない……」

「お、おい、見ろ。魔物がっ!」

「なっ、いつの間に!?」


 二人が魔族と戦っている間に、俺は宣言通りこの辺りにいた魔物を一掃していた。


「パパ、倒したよ!」

「見てたぞ。よくやった。しかし魔族はもうちょっと強いと思ってたんだがな」

「うん、弱かったね!」


 今のアークとレイラにとっては楽な相手だった。


「あれが弱いって……」

「マジか……」


 リリアがニコニコ顔で近づいてくる。


「さすがアレルさんとライナのお子さんですね! ところであの男の子、アーク君っていいましたか? 年上のお姉さんとかどうですかね?」

「胸に手を当てて自分の年齢を思い出してみろ」

「ひっ」

「ん? どうした?」

「い、いえ、今どこからか物凄い殺気が飛んできたような……?」


 なぜかリリアはぶるぶる震えていた。

 まぁこいつのことだし恨みの一つや二つは買っているだろう。


「それで捕まった者たちはどこにいるんだ?」

「分かりません。恐らくどこかに捕らえられているのだと思いますが……」


 となると虱潰しに探すしかないか。


「気を付けてください。魔王軍の幹部だという獣人もいましたので」

「ふむ、それなら少しは期待できるかもな」


 破壊された防壁を黄魔法で修復してやってから、俺は双子を連れて都市内の探索を再開した。



    ◇ ◇ ◇



 剣の都市、中央広場。

 そこに捕らえられた剣士たちが集められていた。

 広場の周囲を魔物が取り囲む中、両手両足を縛られて地面に転がされている。


「さて」


 そんな彼らを悠然と見下ろしながら、一体の獣人が口を開いた。立派な鬣を有する獅子の獣人だ。


「これより殺戮を開始する。心の準備はいいだろうか、人間の戦士たち?」


 あちこちで息を呑む音がする。

 怒号を上げる剣士もいた。


「や、約束が違うだろう!」

「剣を捨てれば命を助けると言っていたのは嘘だったのか!」

「やはり魔族には血も涙もないのか……っ!」


 獅子の獣人は浴びせられる非難の声にも平然としながら、うっすらと笑う。


「それは心外だな。我々が命を助けると言ったのは非戦闘員のみだ。君たちは戦士である以上、いつでも死ぬ心づもりはできているだろう?」

「っ……な、ならば、一般市民を殺す気はないというのだな?」

「ああ。すぐには、な」

「何っ?」

「今すぐに殺してしまっては肉が腐ってしまうだろう? 新鮮な肉を食らいたいという欲求は、我々獣人であっても君たち人間と同じだ。もっとも、中には草しか食べない獣人もいるがね」


 つまりあくまで食糧として生かされるのだと知り、剣士たちは戦慄を覚えた。


「ちなみに私は生きたままの獲物を食らうのがとても好きだ。君たちを見ていると……じゅるり……ああ、もう我慢ができそうにない」


 鋭い牙の生えた口から唾液が垂れ、足元を濡らす。

 ひぃ、と何人かの剣士たちが喉を鳴らした。


 しかしそのときだ。

 突然、獅子の獣人に躍りかかる影があった。


 目にも止まらぬ一閃。

 だがそれは獅子の獣人の鋭い爪で受け止められてしまう。


「ちぃっ!」


 舌打ちとともに距離を取る。

 それは先ほどまで他の剣士たちとともに捕らわれていた隻腕の剣士だった。

 その片手には短剣が握られている。


「どうやって拘束を解いた? いや、その腕……なるほど、義肢に騙されたというわけか」


 獅子の獣人が納得したように頷く。

 両腕を縛られた状態から義腕を外すことで、拘束から逃れたのだろう。

 短剣はその義腕の中にでも忍ばせていたのか。


「……奇襲は得意分野じゃねぇが、それでも確実に仕留めたと思ったんだがな。さすがは魔族ってところか」


 短剣を構えながら隻腕の剣士が苦々しげに顔を顰める。

 一方、捕らわれの剣士たちが歓声を上げた。


「ドラゴンファングのギルド長だ!」

「隻腕の《双剣王》にして、剣神杯の最多優勝者のロッド氏か……っ!」

「彼なら魔族にだって負けないはずだ!」


 獅子の獣人が楽しそうに牙を剥く。


「ほう、どうやら人間の中では名のある戦士のようだな。食前の軽い運動としてはちょうどよさそうだ」

「ほざけっ、この獣野郎がっ!」


 隻腕の剣士は地面を蹴り、再び躍りかかった。

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