第24話 もちろん女子トイレだけど
「え……?」
「レイラさん?」
呆然としている僕を不審に思ったのか、彼女は小首を傾げる。
寝起きだというのにその美しさはまったく損なわれておらず、銀色の髪も艶やかだ。
「な、何でもないよ!」
僕は毛布で顔を隠しつつ慌てて叫んだ。
レイラの声に似せたつもりだけど、大丈夫だろうか……?
「そう? 体調が悪いなら言ってくださいね?」
セレスティア王女はそう優しく言いながら、服を脱ぎ始めた。
よかった、気づいてないみたいだ……って!?
「~~~~っ!」
僕は咄嗟に顔を背ける。
どうやらすぐに制服に着替えるつもりらしい。
男子は部屋着のまま掃除をしたり食堂に行ったりするけど、女子は違うのか。
衣擦れの音がする中、僕はただただ毛布に顔を埋めていた。
それにしても、まさかセレスティアさんと同じ部屋だったなんて……。
「大丈夫ですか? ちょっと顔が赤いようですけど……」
「ね、熱があるのかもっ!?」
「それは大変ですね。掃除はしなくていいから休んでいてください」
優しい。
ガオンさんとは大違いだ。
だけど勘違いしてくれて結果的に助かった。
僕は風邪を引いたフリをし、彼女たちが部屋を出ていくのを待つことにした。
「朝食は食べられそうですか?」
「も、もう少ししたら!」
「じゃあ食堂の方に一人分、残しておいてくれるよう頼んでおきますね」
そうして住人たちが部屋を出ていく。
僕はほっと胸を撫でおろした。
何とかバレずに済んだけれど、心臓はバクバクだ。
「あなたがアーク?」
「っ!?」
突然、背後から声をかけられて僕は飛び上がりそうになった。
まったく気配を感じなかった!?
全員ちゃんと部屋を出ていったと思ったのに……っ!
でもそれより気になったのは、「アーク」と僕の名が呼ばれたことだ。
恐る恐る振り返ると、そこにいたのはボブヘアーの小柄な女の子だった。
そこにいるはずなのに、なんだか物凄く気配が薄い。
だから僕でも気づかなかったのだろう。
感情の分からない目で僕を見下ろしながら、彼女は抑揚ゼロの声で言った。
「心配しないでいい。レイラから話は聞いてるから。あなたも大変ね」
「よ、よかった」
とりあえず事情を知っている味方らしい。
「それにしてもよく似ている。パーツはよく見ると少しずつ違うけど、その目立つ赤い髪のお陰で気にならない。たぶん、よっぽど注意して視ないとバレないと思う」
「そ、そうかな……」
弟だったらまだしも、妹と見分けがつかないと言われてもあまり嬉しくなかった。
今のところ背の高さも体型もほとんど同じだ。
十二歳の女の子ともなれば、そろそろ胸が膨らんでくる頃合いだけれど、お母さんに似なかったのか、レイラは真っ平だ。
だから身体つきでの判別は難しいだろう。
「わたしはリッカ。これからよろしく」
「よろしく……って、僕はこっちに通う気はさらさらないんだけど」
とにかくレイラに抗議し、諦めてもらわないと。
「あの子を説得できると思う?」
「う」
「会ってほんの少しだけど、無理だと思う」
「だ、だったら、学校側に事情を話して……」
「上手くいくかしら? あの子は期待の新人。あなたは《無職》のEクラス。最悪、あなただけ辞めさせられるかも」
「……」
「ついでに言えば、女子寮に侵入した変態だと告げ口する予定」
「誰が!?」
「わたしが」
「何で!?」
「なんで? もちろん面白そうだから」
微かに口の端を吊り上げて、リッカは初めて笑ってみせた。
ダメだこの子、味方じゃなかった!
結局、僕はこの状況を甘んじて受け入れるしかないのだった。
「早く制服に着替えた方がいいよ。授業が始まる」
「うー」
仕方なく僕はレイラの制服に着替えようとする。
「えっと……あっち向いててくれない?」
「なんで?」
「もう、いいや……」
男だし、別に見られても恥ずかしいわけじゃない。
むしろ着替え終わった姿の方が恥ずかしい。
なにせ女子の制服はスカートなのだ。
「とても似合ってる。どう見ても女の子」
「全然嬉しくない!」
生まれて初めて女の子の服に身を包んだ羞恥で、僕はヤケクソ気味に叫んだ。
「じゃあ、一緒に教室に行こう。わたし、あなたと同じSクラス」
「そうなんだ」
「あ、トイレ行っておかなくて大丈夫?」
「大丈夫」
「もちろん女子トイレだけど」
「!?」
もしかしてこれから女子トイレを使わなくちゃならないってこと!?
ぜんぜん大丈夫じゃない……。
「頑張って、
「きゃっ、レイラさんよ!」
「素敵……」
「今日も可愛いわ……」
「ああ、レイラちゃん……」
「い、今、俺の方を向いたぞ!」
「ばか、レイラちゃんはオレを見たんだよ!」
教室に向かう途中。
僕はめちゃくちゃ注目を浴びていた。
しかも好意的な視線ばかりだ。
「え? もしかしてレイラってこんなに人気なの?」
「そうよ」
「僕とは大違いだね……」
真反対と言えるだろう。
無関心ならまだいい方で、憐憫や侮蔑の視線を向けられることもしばしば。
「レイラさん、おはようございますわ。あら? 少し顔色が悪くありませんの?」
「し、心配ないよ!」
「レイラさん、おはよう。もしかして髪型を整えたかしら?」
「か、変えてないよ! 気のせいじゃないかなっ!?」
教室に入っても次々と挨拶される。
似てるとはいえ多少は違和感があるのか色々と聞かれたけど、幸いバレてはいないようだ。
それにしても、あまり会話のない僕のクラスと違い、このクラスの生徒たちは社交的だ。
その分、ボロが出ないように頑張らないと……。
思っていた以上に大変そうだった。
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