第25話 本当に意味が分からない兄妹ね

 魔法科の一年生では、六種類すべての魔法を満遍なく学んでいくらしい。

 かつては最初から各属性に分かれていたそうだけど、数年ほど前に現在のやり方に変わったそうだ。

 なんでも魔法の最先端と言われる魔法都市に学んだ新しい指導法だとか。


 そのことが属性間の無理解や対立を改善することに繋がり、実践にも好影響を与えているという。


 リッカが教えてくれた。


「上級生になると一つの魔法に専念することになる」

「え? 何で?」

「……レイラも同じ反応だった。複数の魔法を習得するのは普通じゃない」

「そうなの?」

「魔法の色が違えば魔法文字も文法も違う。そんなに覚えられないから」

「確かに最初は大変だったけど……」


 言いながら、僕は赤魔法で火を起こし、青魔法の水でそれを消す。

 さらに土魔法で小さなゴーレムを作ると、緑魔法の風で吹き飛ばした。

 黒魔法で枯らした足元の草に白魔法を使えば、葉が瑞々しい姿を取り戻す。


 今では六色すべてを普通に使いこなせるようになっていた。

 慣れたらそう難しいことじゃない。


「……本当に魔法を使ってる。レイラからは聞いてたけど」


 リッカは驚いたようにまじまじと僕が扱う魔法を見ている。


「本当の本当に《無職》?」

「うん」

「なんで魔法を使えるの? しかも六色」

「特訓したから」

「特訓でどうにかなるものじゃないと思うんだけど……」

「レイラだって祝福を受ける前から使えてたよ?」

「本当に意味が分からない兄妹ね」


 今は午前中の授業が終わり、お昼休みだった。

 僕とリッカは売店でパンを買い、中庭のベンチで食べている。

 どうやらレイラが食堂に行くと騒ぎになって大混雑してしまうらしく、最近はそれを避けるようにしているようだ。


 初めて受けた魔法科の授業は正直なところ、僕にはレベルが低いものだった。

 Sクラスだからもっと高度なことをやるのかと思ってたんだけど……。


 もしかして思ってたより授業が面白くなかったから、僕と入れ替わることにしたとか?

 ……レイラならあり得ないことじゃないな。


「あら、二人ともお食事ですか?」


 後ろから声をかけられて振り返ると、そこにいたのはセレスティア王女だった。


「せ、セレスティア殿下っ!?」


 僕が上ずった声でその名を口にすると、セレスティアさんはなぜかちょっと悲しそうな顔になって。


「今日はお姉ちゃんと呼んでくれないんですね?」


 お姉ちゃん!?

 戸惑う僕の脇をリッカが小突き、耳打ちしてくれた。


「王女様のこと、レイラは〝セレスお姉ちゃん〟と呼んでる」


 ちょっ、あいつ王女様に馴れ馴れしすぎでしょ!?

 でも、王女様本人がそれを望んでいるのだとしたら、そう呼ぶしかない……?


「せ、セレスお姉ちゃん!」


 どうにでもなれとばかりに、僕はレイラの真似をして言った。


「ふふふ、なんだか妹ができたみたいで嬉しいです」


 よ、喜んでる……?


「殿下っ、やはり私は納得できませんっ」


 急に割り込んできたのは、セレスティアさんの後ろに控えていた少女だった。

 きりっとした目鼻立ちの美人で、眼鏡をかけていることもあって真面目そうな印象だ。


「……三年生のアリサさん。寮で同室。見ての通り融通が利かない性格」


 リッカが小声で教えてくれる。

 そう言えば、今朝、ちらりと寮の部屋で見たかもしれない。


「レイラさん、たとえ殿下が認めておられたとしても、王女殿下をそのように馴れ馴れしく呼ぶのはいかがなものでしょうか?」


 アリサさんは僕に詰め寄ってくる。


「いいんです、アリサ。わたくしの方からお願いしているんですから」

「で、ですが……もし誰かに聞かれたら……」

「そうですね。その懸念は分かります。では、他に人がいないとき限定で、というのはいかがでしょう」

「そ、それなら……」


 アリサさんが渋々といった感じで頷くと、セレスティアさんは満足したような笑みを僕へと向けてきた。

 もちろん彼女は僕じゃなくてレイラだと思っている。


「ではレイラさん。そういうことですので、私的な場所ではこれからもセレスお姉ちゃんでお願いしますね?」

「う、うん! セレスお姉ちゃん!」

「ありがとうございます」

「~~~~っ!」


 セレスティアさんは僕の頭を撫でてきた。

 何度も言うけど、レイラだと思っているからだ。


 もしバレたりなんかしたら……。

 是が非でもレイラを演じ続けなければ。


 リッカはそんな僕の事情を知っているからか、笑いを堪えるように肩を揺らしている。


「そう言えば、体調の方は大丈夫ですか?」

「うん、心配ないよ!」

「それはよかったです。よければご一緒していいですか?」


 言って、セレスティアさんは売店で買ったらしいパンを掲げてみせた。

 王女様も売店のパンを食べるんだ……。


「もちろん!」

「ありがとうございます」


 微笑みながら、セレスティアさんは僕のすぐ隣に座ってきた。

 とてもいい匂いがして、僕はドキリとしてしまう。


「お二人とも学校には慣れましたか?」

「はい、お陰様で慣れました」


 いや、リッカは敬語なのかよ!


「レイラさんは?」

「うーん、思ってたより授業が簡単だったかなー」


 僕はレイラに成り切って答えた。

 伊達に十二年間一緒にいるわけじゃない。

 我ながらかなり本人をトレースできたと思うけど……本来の僕のキャラと違い過ぎて、恥ずかしいにも程がある。


「さすがですね。そのうちぜひレイラさんの魔法を見てみたいです」

「レイラもセレスお姉ちゃんの魔法みてみたーい!」


 リッカは相変わらず肩を揺らしていた。

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