第23話 そっくりだからバレないよ
「が、ガオンさん、あの一年、どう考えてもおかしいっすよ……」
「うるせぇな! んなことはオレも分かってる」
ガオンは困惑していた。
もちろん寮の同室になった新入生のことである。
ガオンが新入生の頃は、先輩から理不尽なイジメを受けていた。
何度、学院を辞めようと思ったことか分からないほどだ。
けれど、自分が上級生になったときには下級生に同じことをしてやろう、そう考えることでどうにか耐え忍んだ。
だから新入生が苦しむ顔を見るのが、彼にとってはこの上ない快感なのだった。
なのにあの赤い髪の新入生ときたら。
どんな無理難題を与えてみても、苦にするどころか喜々としてやってのけてしまうのだ。
「Eクラスの新入生ごときが生意気なんだよッ!」
「そ、そう言えばあいつ、噂では《無職》だとか……」
「《無職》だと? おいおい、そりゃ本当かよ?」
「は、はい」
「てか、《無職》が合格できるわけねぇだろ? だいたい今年は入試の倍率も高かったらしいじゃねぇか」
「さ、さすがにそこまでは……」
「ちっ、使えねぇな」
おどおどと告げるイザートに苛立ち、ガオンは吐き捨てた。
「しかし、ははっ、あいつ《無職》だったのかよ! そんな雑魚、この学校に居ても邪魔なだけじゃねぇか! よし、決めたぜ」
「と、言いますと?」
「特別訓練と称して、オレがボコボコにしてやる。そうしたらすぐに音を上げて逃げ出すだろうよ。どうせ進級なんてできっこねぇんだ。早めに退場させてやった方があいつのためだろうぜ。はははっ!」
「なるほど」
掃除やパシリなどというちまちましたやり方はもうやめだ。
ガオンはあの一年坊が泣きつく姿を想像し、嗜虐的に笑うのだった。
◇ ◇ ◇
夜。
ベッドに寝転がりながら、僕はこの一週間のことをぼんやりと思い出していた。
入学から一週間。
何不自由なく遅れる初めて学校生活を、僕は楽しんでいた。
すでに授業も始まっている。
一般常識の他、戦略や戦術などを学ぶための座学に、武芸を学ぶための実技。
クラスメイトたちと一緒に受けることができるだけで、僕にとってはとても幸せなことだった。
寮の方では相変わらずガオンさんから色んなことをやらされている。
ランタはそんな僕を心配してくれているけど、僕にとってはこれも楽しい学校生活の一つだ。
『お前、すげぇな。あんな酷いの、普通なら耐えられないぜ?』
あれで酷いのならお父さんの訓練はなんて形容したらいいんだろう……?
「ん?」
ふと違和感に気づいて、僕は目を開けた。
部屋の中に響く鼾や寝息の音は三つ。
どうやら僕以外はすでに寝入っているらしい。
……気のせいかな?
と思って目を閉じようとしたそのとき、ベッドの脇に人影が現れた。
「レイ――っ!?」
「しー」
口を塞がれてしまう。
そこにいたのは女子寮にいるはずの双子の妹だった。
さらに何を思ったのか、レイラは僕の髪をいじり始める。
(ちょっ、何してんのっ!?)
(大人しくしててよ! ……うん、こんな感じかな!)
(何をしたんだよ……)
自分の頭を触ってみる。
ってこれ、リボン!?
(はい、これ)
さらにレイラに何かを手渡された。
よく見るとそれは魔法科の女子生徒が着ている制服だった。
サイズから考えてレイラ本人のだろうけど……なんか嫌な予感しかしない。
(じゃあ、明日からそれでレイラとして頑張ってね!)
(……はい?)
(入れ替わるの! そしたら武術科と魔法科、どっちも通えるでしょ!)
なに言ってんだ、こいつ?
(大丈夫大丈夫! そっくりだからバレないよ!)
(全然大丈夫じゃないでしょ!? って、ちょっと!?)
レイラに無理やり抱え上げられた。
そして開けっ放しになっていた窓から外へと放り投げられる。
(今日は女子寮で寝てね! 一週間後に迎えに行くから!)
(いやこら待て……っ!)
レイラに窓を閉められた。
僕はドンドンと窓を叩く。
(起きちゃうでしょ!)
(誰のせいだと思ってんだよ!)
と、そのとき背後から怒鳴り声が響いた。
「おい、そこ! 何をしているんだ!」
マズい、寮監さんの見回りだ!
僕は部屋に戻るのを諦め、走り出した。
妹のものとはいえ、女子の制服を抱えているのだ。
見つかったらあらぬ疑いをかけられかねない。
どうにか寮監さんから逃げた僕は、仕方なく女子寮へと向かった。
とりあえず今日のところはレイラのベッドで寝るしかないだろう。
そして明日の朝に抗議しよう。
今までレイラの無茶には可能な限り付き合ってきたけど、入れ替わりなんて今回ばかりはさすがに御免だった。
レイラの部屋番号は知っている。
男子寮と構造が一緒らしいので……この部屋かな?
もし間違ったら最悪だ。
確認のため窓の中を覗き込む。
よし、レイラの荷物が置いてある。
この部屋だな。
窓に鍵はかかっていなかった。
少しだけ開けて滑るように入り込む。
(お、お邪魔します……)
部屋の住人たちはみんな寝ているようだ。
僕はレイラのベッドに寝転がる。
絶対に起床時間より前に起きて男子寮に戻らないと。
……と思っていたのに!
僕が目を覚ましたのは、起床時間を知らせる鐘の音が鳴り響いてからのことだった。
やってしまった!
野宿で起床時間をコントロールできるようになっていたので、大丈夫だと思っていたのに!
どうやら最近ずっと鐘の音で起きていたので、感覚が鈍っていたらしい。
こんなことなら人格を一つ、起床状態にさせておくんだった!
「おはようございます、レイラさん」
反対側のベッドの人が身体を起こし、挨拶してくる。
「な……」
僕は言葉を失った。
そこにいたのはセレスティア王女だったのだ。
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