第22話 今からオレが言うものを買ってこい

 正直、壇上で彼女が何を話したのか、僕はまったく覚えていない。

 四年前よりも綺麗になった彼女に見惚れてしまっていたからだ。


 セレスティアさん、か……。

 この国の王女様だったなんて。


 まぁ考えてみたら、あのとき出会った場所はお城だ。

 普通の女の子じゃないよね。


「おい、アーク!」

「……ランタ? どうしたの?」


 気づいたらランタに身体を揺すられていた。


「どうしたの、じゃねぇよ。さっきから呼んでるのにお前、ずっと上の空だしよ。入学式、終わったぜ?」


 言われて周りを見回してみると、僕たち以外の新入生たちはすでに席を立ち、大講堂から出ていこうとしているところだった。

 結構混み合っている。


「それにしても王女様、綺麗だったなぁ。俺、この距離で拝見したのは初めてだ」

「う、うん」

「まさか同じときに通えるなんてよ。マジで受かってよかったわ。……魔法科なのが残念だけどな」


 どうやら彼女は魔法科らしい。


 武術科とは校舎が違うし、女の子なので当然、寮も違う。

 いや、そもそも寮になんて入ってないか……。


 いずれにしても同じ学校に通うとはいえ、接する機会なんてなさそうだ。


 ようやく混み具合が解消されてきたので、僕たちは立ち上がった。

 人が捌けてきた入り口へと向かう。


「けど、レイラちゃんも可愛かったなぁ」

「ん? レイラ?」


 ランタの口からなぜか双子の妹の名前が出てきて、僕は面食らった。


「新入生代表で挨拶してた子だよ」

「そう言えば」


 何でレイラが壇上にいるんだろうと、ぼんやり考えたような記憶がある。

 今さらながら、ちゃんとできたのだろうか……?


「しかしあの子も魔法科か……いいよなぁ、魔法科は……」


 ランタは羨ましそうに呟く。


「てか、お前、レイラちゃんに似てるよな?」

「うん。だって――」

「よお、ちょうどいいところにいるじゃねぇか」


 大講堂を出たところで、会話に割り込むように声をかけてくる人物がいた。

 ガオンさんだ。

 いつものようにイザートさんもくっ付いている。


 ランタが警戒する中、ガオンさんが僕の方を見て言った。


「お前、今からオレが言うものを買ってこい」

「え? それってもしかして……」


 パシリきたぁぁぁぁぁっ!


 先輩後輩と言えばパシリ。

 パシリと言えば先輩後輩だ。


 物語の中でしか知らなかった青春の一つを、現実で体験することができるなんて。


「分かりました!」

「お、おう……やる気あるじゃねぇか」


 僕の返事に、ガオンさんがなぜか顔を引き攣らせた。

 けれどすぐに口の端を意地悪そうに歪めて、


「天気堂っつーパン屋があるんだが、そこのコロッケパンというパンが美味いんだ」


 コロッケパン、美味しいよね。

 前世だと定番だったけど、こっちの世界では初めて聞いた気がする。

 異世界にもあったんだ。 


「そのコロッケパンを買って来ればいいんですね?」

「ああそうだ。まだ昼飯まで時間があるが、小腹が空いちまったからな」

「分かりました。すぐ行ってきます」


 僕が出発しようとすると、ランタが慌てて、


「お、おい、お前、天気堂がどこにあるか知ってんのか?」

「あ、知らない。知ってる?」

「もちろん知ってる。有名なパン屋だからな。けど、都市の真反対だぜ? 往復したらどれぐらいかかると思ってんだ」


 都市の真反対か。

 頑張れば五分くらいでいけるかな。


 僕はランタから詳しい場所を教えてもらった。


「じゃ、行ってくる」

「……頑張れよ」


 なぜか憐れむような目をするランタ。

 ガオンさんたちはニヤニヤと笑っていた。







 五分後。

 僕は目的のコロッケパンを無事に手に入れ、学院へと戻ってきた。


「ガオンさんたちはどこにいるだろう?」


 大講堂の前にはすでにいなかったので、探さないといけない。

 だいたいの気配は覚えているし、そう難しいことじゃないだろう。


「いた。屋上か」


 ガオンさんたちがいたのは武術科の校舎の屋上だった。

 なんだか臭いなと思ったら、ガオンさんとイザートさんが葉巻を吸っていた。


 生徒が葉巻を吸うのは禁止されている。

 だから屋上で隠れて吸っているのだろう。


 すごく学校っぽい!


「ランタ、お前も吸ってみろよ」

「い、いや、俺は……」

「ああ? オレが吸えって言ってんだよ」

「わ、分かりました」


 ランタが葉巻を強要されていた。

 もうすっかりガオンさんの子分だ。


「買ってきました!」

「……は?」


 元気よく声をかけると、ガオンさんが唖然とした顔でこっちを見てくる。

 葉巻が口からぽろりと落ちた。


「う、嘘つくんじゃねぇよ! こんなに早く戻って来れるわけねぇだろ!」

「いえ、ちゃんと買ってきましたよ?」


 僕は買ったばかりのコロッケパンを渡す。

 たぶんイザートさんとランタも食べるだろうと思って、三人分だ。

 ちなみに僕はもう食べた。なかなか美味しかった。


 受け取ったガオンさんは目を剥いた。


「ま、マジでコロッケパンだ……ほ、本当に元気堂のだろうなっ?」

「そうですよ」

「確かに、あそこにしか売ってないパンだが……。しかも、温かい、だと……?」


 運よく揚げたてが手に入ったので、保温しながら持って帰ってきた。

 一番美味しい状態で食べることができるはずだ。


 ガオンさんがコロッケパンに齧りつくと、さくり、良い音が鳴った。


「う、うめぇ……」


 そのままガオンさんは一気に食べ尽くしたかと思うと、二個目、三個目と、一人ですべて食べてしまった。

 イザートさんとランタの分だったんだけど……まぁいっか。

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