第14話 急に上から現れたから反射的に斬った
とりあえず黒の学院の校舎に入ってみた。
中はどんよりとして薄暗く、まるで廃墟のようだ。
そしてまったく人と出会わない。
そもそも構内に立ち入ってから、未だ人っ子一人見かけていないぞ。
もしかしてこの学院、すでに潰れてしまっているのではないだろうか?
まぁ黒魔法というのはあまり人気のない魔法らしいからな。
危険なものも多く、国や都市によっては禁忌指定されていることもあるくらいだ。
ここ魔法都市でも例外ではないのかもしれない。
その結果、生徒がいなくなり廃校になってしまった可能性もあった。
「ギエギエギエッ!」
……ふむ。
今、目の前を謎の生物が謎の叫び声を上げながら通り過ぎて行ったのだが。
簡単に言うと身体は猿のようで、頭は蜥蜴のようで、そして背中に昆虫っぽい翅の羽が生えていた。
……魔物だろうか?
見たことも聞いたこともない姿だったが。
「いやあああああああああああああっ!」
直後、近くの部屋から甲高い悲鳴が聞こえてきた。
がらりと物凄い勢いで扉が開き、中から見るからに怪しい風体の女が飛び出してくる。
ロクに食べていないのか、針金のように身体の細い女だった。
青白い顔をしていて、目の下には凄い隈がある。
彼女は俺を見つけると、ぼさぼさの髪を振り乱しながら駆け寄ってきた。
「ねぇ! グーちゃんは!? わたしのグーちゃん知らないッ!?」
大きく見開いた目は真っ赤に充血している。
意外にもまだ若く、そこそこ美人だったが、とにかくヤバイ女だということは一瞬で理解できた。
グーちゃんとやらが何か分からないが、こんな女と関わりたくない一心で応える。
「知らん」
「嘘よ!? わたしのグーちゃんが通らなかった!? ちょっと目を離した隙に部屋から逃げ出しちゃったのよ!?」
……もしかして、グーちゃんとはさっきの謎生物のことだろうか?
「ああっ、グーちゃん、どこに行っちゃったの!? お願い! ママのところに戻ってきて!」
……もしかして、ママとは自分のことを指しているのだろうか?
早急にこの場から立ち去りたいと思ったが、しかしグーちゃんというのが先ほどの謎生物なら、どこに行ったのかは分かる。
まだそれほど時間が経っていないし、探せばすぐに見つかることだろう。
正直放っておきたいが、このままこのヤバイ女を放置しておくというのも、それはそれでヤバい気がするしな……。
「そのグーちゃんとやらは――」
「誰があの子をグーちゃんと呼ぶことを許したのよぉぉぉッ!? グーちゃんと呼んでいいのはわたしだけなんだからぁぁぁッ!」
めんどくさい。
「もしかして蜥蜴の頭と猿の身体と昆虫の翅が生えていた謎の生き物のことか?」
「そ、そうよッ! やっぱりグーちゃんのこと知ってるじゃない!」
「それならあっちに行ったぞ」
「グーちゃぁぁぁんッ!」
俺が指をさすと、女は物凄い勢いでその方向へと走っていった。
すぐに先ほどの謎生物を抱えた彼女が帰ってくる。
「あら、さっきの。あなたのお陰で助かったわ」
「……それはよかった」
彼女に感謝された。
謎生物が見つかって落ち着きを取り戻したお陰か、幾らかまともになったように思える――
「この子はわたしが丹精込めて作ったキメラなの。うふふ、とっても可愛いでしょう?」
「ギエギエギエギエギエギエッ!」
「うふふふ~、ママ、もう二度とグーちゃんのこと離さないからねぇ~」
「ギエギエギエギエギエギエッ!」
「あらあら~、そんなに喜んじゃってぇ。ママと再会できたことがそんなに嬉しいのぉ?」
――前言撤回、全然まったくまともではなかった。
女は嬉しそうに蜥蜴の頭に自分の頬をすりすりさせているが、謎生物の方は必死に逃げようとしているようにしか見えない。
……この生き物、キメラだったのか。
そういえば、黒魔法の中にはこうした合成生物を生み出す魔法もあるのだったな。
俺は興味がなかったので習得しなかったが。
恐らく彼女はその研究をしているのだろう。
ていうか、ちゃんと人がいたんだな、この学院。
しかし最初に出会った学院の人間がこれとは……。
その後、彼女に入学試験のことを聞くと、よく知らないと言われてしまった。
だが一応、事務の場所を教えてもらうことができた。
そこで訊けば分かるだろう。
黒い靄のようなものが漂う中庭や、絶えず「イーヒッヒッヒッヒ!」という笑い声とも奇声ともつかない音が響き続けている廊下、さらには中から「おいで~、おいで~」と聞こえてくるトイレの前などを通って、俺は教えられた場所へとやってきた。
「ふむ? 誰もいないのだが」
事務室に入ってみるが、そこにはボロボロになった木製の机が並んでいるだけだった。
しかし何となく、何かの気配がある。
これは…………上?
直後、頭上から逆さまに骸骨が降ってきた。
「いらっしゃぁぁぁぁぁい!」
俺は咄嗟に隠し持っていた短剣を抜くと、その骸骨の首を刎ねた。
「ぎやあああっ!?」
頭蓋骨が宙を舞って床に落ち、ごろごろと転がっていく。
身体の方は天井からぶら下がったままだ。
「ふむ。アンデッドか」
だから直前までほとんど気配を感じなかったのだろう。
それにしても、声帯がないのにどうやって声を出しているのだ?
「いきなり何するのよぉっ!?」
壁にぶつかって制止した頭蓋骨が、俺の方を向いて非難の声を上げた。
「急に上から現れたから反射的に斬った」
「ちょっと脅かそうと思っただけなのに、酷いわぁっ!」
それは自業自得というものだろう。
しかしとりあえず悪いアンデッドではなさそうなので、話を聞いてみるとするか。
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