第13話 なんて簡単な試験なんだ

「い、言われてみれば、確かにそうですよね……」


 俺の言葉に、コレットはハッとしたような顔をする。


「もちろん失敗した結果、死んでしまうというのなら確かに必死になるだろうが。……もしかして、ここの入学試験は落ちると死ぬのか……?」


 もしそうだとするなら本気で望まないといけないな。


「そんなことないですよ!?」


 なんだ。ないのか。


「何でちょっと残念なんですか……? 命がけの試験なんていやですよ……」


 今までの試験がまるで張り合いなかったし、それくらいでちょうどいいかと思ったのだが。


「たとえ死んだとしても、そのときはそのときだろう?」

「それはちょっと達観し過ぎじゃないですかねっ!?」


 コレットはそう叫んでから、なぜか少し晴れやかな顔で息を吐いた。


「……アレルさんと話していると、入学試験くらいで緊張してるじぶんがばかばかしく思えてきちゃいました……」


 それから握り締めた拳を顔の前に持ってきて、気合を入れるように「よし」と呟き、


「ありがとうございますっ。わたし、なんとか頑張れそうですっ!」


 そして会場へと走っていった。


「ふむ。よく分からないが、とりあえず問題は解決したようだな」


 俺も急ごう。

 あと四つも試験が残っているしな。


 緑魔法は大気や天候を操ることができる魔法だ。

 赤魔法や青魔法と比べればやや地味だが、農家や船乗りなんかには重宝される魔法で、需要は高い。

 そのためか、試験会場には赤と青に負けないくらいの受験生の姿があった。


「む。どうやら次はコレットの番のようだな」


 彼女は所定の位置に立ち、叫ぶ。


「ウィルウィンド!」


 風が巻き起こった。

 その風圧によって、帆船のような帆が付いた四輪車がゆっくりと動き出す。


「合格だ」

「や、やったぁっ!」


 どうやらあの四輪車を動かすことができればいいらしい。


 ………………な、なんて簡単な試験なんだ。


 コレットの様子からそれなりに難関な試験かと思っていたのだが、まったくそんなことはなかったようだ。


 いや、もしかしたらあの四輪車、鋼鉄製で物凄く重いのかもしれないな。

 ……うん、きっとそうだな。

 彼女が起こしたのは大した風ではなかった気もするが、恐らく気のせいだろう。


 俺が見ていたことに気づき、コレットがこちらに駆け寄ってきた。


「ありがとうございますっ! アレルさんのお陰で合格できましたっ!」

「そうか。よかったな」

「はい!」


 しばらくして俺の順番が回ってくる。


「えっ? アレルさん、試験受けるんですか……?」

「さっきそう言っただろう?」


 驚くコレットを後目に、俺は所定の位置に立つ。


 さて。

 あの四輪車が鋼鉄製だとすれば、これくらいの威力は必要だろう。


「トルネード」


 横方向に発生した風の渦が、一直線に四輪車へと向かい――


 ズゴンッ!


 ――木っ端微塵に吹き飛ばしてしまった。


 ……やっぱりあの四輪車、普通に木でできてるっぽいな。






 緑の学院の試験会場を後にし、次の会場へと向かおうとした俺を、コレットが追い駆けてきた。


「さ、さ、さっきの、どういうことですかっ!? なんであんな強力な緑魔法まで使えるんです……っ!?」


 さらにそこへ、カイトとクーファまでやってきて、


「あっ、いたわ! ちょっと! 何で勝手に行っちゃうのよ!」

「そうっすよ、師匠っ! 置いて行かないでくださいよ!」


 それはお前たちがずっと言い争っていたからだろう。


「カイトくんに、クーファちゃん……っ? どうしてここに……」


 目を丸くするコレットを後目に、カイトとクーファは俺に詰め寄ってきた。


「それで、結局、師匠はどっちを選ぶんですか!? もちろん、赤魔法っすよね!?」

「そんなことないでしょ! 青魔法に決まってるわ!」


 ……だから俺は別にどちらかを選ぶつもりはないんだが。

 当然ながらどっちも極めるつもりだ。


「何を言ってるんですかぁぁぁっ!!!」


 そのときいきなりコレットが叫んだ。


「「っ!?」」


 彼女が声を荒らげることが予想外だったのか、カイトとクーファが唖然とする。

 それからコレットは俺を指差して、言った。


「アレルさんが選ぶのはどう考えても緑魔法です……っ!」


 ……これはまたさらに面倒なことになりそうだ。

 その予感はすぐに現実のものとなり、三人が互いに主張をぶつけ合い始めた。


「お前こそなに言ってんだ、コレット! 緑魔法なんて青魔法以上に地味な魔法、師匠には相応しくねぇよ!」

「ちょっと、青魔法は緑魔法と違って全然地味じゃないわよ! むしろ優雅で優美な芸術魔法なんだから!」

「じ、地味扱いしないでくださいっ! 緑魔法がどれだけ人の役に立っていると思ってるんですか……っ! わたしたちの村だって、もし緑魔法がなかったら不作でみんなお腹いっぱいご飯を食べることなんてできないんですよっ!?」


 三つ巴にまで発展してしまった。

 当然のように放置して、俺は次の試験会場へと向かうのだった。






 その後、黄の学院と白の学院の試験を突破した俺は、最後の黒の学院へとやってきていた。


「これはまた随分と澱んだ場所だな」


 他の学院と違い、構内全体が不気味な闇に覆われているかのようだった。

 まだ昼間だというのに、まるで黄昏時のような薄暗さだ。


「ほとんど廃墟だな」


 校舎はどれも古く、石壁に亀裂が入っていたり、つる草で覆われていたり、窓が割れていたりしている。

 まったく手入れをしていないのか、あちこちに雑草が生えていて、謎のアイテムがそこらに放置されていたりもした。


 黒魔法は闇や死、あるいは呪いといった危険な魔法を扱う。

 まさにそれに相応しい雰囲気と言ってもいいのかもしれない。


「ふむ? しかしどこにも試験会場らしきところがないな?」

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