第49話 背に腹は代えられないですぞ

 バハムートの鋭い前脚が僕の背中を掠める。

 発生した風圧でバランスを崩したところへ、今度は口から光を放射してきた。


「アイスシールド!」


 咄嗟に作り出した氷の盾でどうにか逸らしたけれど、バハムートの猛攻は止まらない。


 レイラが「しばらく一人で時間を稼いで」と言って離脱したせいで、僕はこの神話級の魔物を一人で相手取る羽目になっていた。

 ……ほんと、簡単に言わないでほしい。


「てか、一人じゃ無理……っ! 〝分身〟!」


 僕は単身での戦闘を諦め、五体の分身を作り出した。

 以前は同時に二体が限界だったけれど、あれから訓練によって数を増やせるようになっていた。


 ただ、これは〝残像〟と違って脳への負担が大きく、お父さんと違って長時間は持たない。

 それにお爺ちゃんやお婆ちゃんからは「危険なのでもっと大人になってから使いなさい」と注意されている。

 生憎と今は使わざるを得ない状況だけど。


「ッ!?」


 急に僕が増えたことで、バハムートは明らかに困惑している。


「グルァァァッ!」


 どうやら一体ずつ順番に倒してやれと安直に考えたらしく、バハムートは一番近くにいた分身へと躍りかかった。

 だけど別方向から飛んできた斬撃が頭部を直撃する。


「こっちだ、バカムート」

「グルァッ!」

「いや、本物は僕だよ」

「グルッ!?」

「いやいや、僕こそが本物だ」

「~~~~ッ?」


 本体を含めた六人の僕たちはバハムートを取り囲み、翻弄した。


 すると苛立ちが頂点に達したのか、バハムートは口から今までで最大の光線を吐き出すと、首をぐるりと回転させた。

 僕らを一網打尽にしようと考えたのだろう。


 だけどその動きは読みやすい。

 六人そろって光線を易々と回避していった。


「グルゥ……」


 どうやら光線を放ち過ぎて疲労したようだ。

 バハムートは弱々しく息を吐いている。


「アーク、お待たせ!」


 そこへタイミングよくレイラが追い付いてきた。

 の準備が完了したらしい。


「あっ」


 その危険性を感じ取ったのか、突然、バハムートがあらぬ方向へと飛び始める。


「「「逃がすか!」」」


 そうはさせまいと、僕たちは〝神空斬り〟を連射して逃走を食い止めた。


「行っくよーっ! イレミネーションっ!」


 レイラが放ったのは、四年前の僕たちが二人がかりで発動した魔法だ。


「~~~~~~ッ!?」


 ありとあらゆるものを消失させるその魔法は、派手な変化もなければ大きな音も発生しない。

 ただ目の前にあった物質が完全に消滅するだけだ。


 さすがに二百メートルを超える巨体をすべて消すことはできなかったけれど、バハムートの胸部は丸ごと消失した。


 神話の邪竜もこれでは生命を維持できるはずもなく、その目から光を失った。

 そうして地面に落ちていく。








 ズドオオンッ!


 大きな地響きとともに、バハムートは地上に激突した。

 国王演説の行われていた広大な広場だ。


 街中だと他にこの巨体を落とせるような場所はなかったので、僕とレイラは微調整してここに落下させたのである。


 幸い、一般市民の避難は終わっていたし、空から降ってくる巨体を見て、騎士たちも慌てて逃げてくれた。


「あ、もう大丈夫ですよーっ」

「死んでるよ!」


 土煙が収まった頃、唖然としている彼らへ僕たちは呼びかける。


「ほ、本当に死んでいるのか……?」

「まさか、バハムートを倒した……?」

「う、嘘だろ……」


 でもみんな怖がっていて近づいてこない。

 バハムートの生命活動は完全に停止しているし、大丈夫なんだけどなぁ……。


「レイラさんっ!」

「あ、セレスお姉ちゃん!」


 そんな中、真っ先にこちらへ駆け寄ってきたのはセレスさんだった。

 そのままレイラに飛びつく。


「ほわっ?」

「大丈夫ですか!? 怪我してませんかっ!?」

「見ての通り、元気いっぱいだよ?」

「よ、よかった……。し、心配したんですよっ!?」


 それからセレスさんは僕の方を向いて、


「アークさんもっ……」

「あ、はい、僕もこの通りです」


 そもそも怪我は加護で治るもんね。

 脳を酷使したから、ちょっと頭が疲れたくらいだ。


「あ、あ、あ、あり得ないですぞぉぉぉっ!?」


 大声が聞こえてきて振り返ると、そこにはバハムートの死体の前で尻餅を突いたあの皇太子の姿があった。


「ま、ま、まさかっ、たった二人でバハムートを倒したというのですぞっ!?」

「えっと……そうですけど」

「ひぃっ!」


 僕が答えると、皇太子は顔を青ざめさせ、地面にお尻をつけたまま一メートルほど後退った。


「こ、こ、この国にはこんな化け物がいるというのですぞっ!? む、無理ですぞ! 戦争なんかしたら我が国、滅ぼされてしまうですぞぉぉぉぉぉぉっ!」


 皇太子は涙目でそう叫ぶと、近くにいたこの国の王様の前に平身低頭した。


「さ、先ほどの発言を取り消すですぞっ! どうか、ご容赦を! ご容赦をぉぉぉっ!」


 豹変した皇太子の様子に、王様は若干の戸惑いを見せつつ、


「……では、我が娘との婚約も破棄ということでよろしいか?」

「もちろんですぞっ! いや、セレスティア王女と結婚できないのは残念極まりないのですがっ……背に腹は代えられないですぞぉぉぉっ!」


 そうして皇太子は部下の兵士たちに支えられながら、逃げるように去っていったのだった。

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