第50話 バレた

 皇太子は婚約の破棄を受け入れ、逃げるように去っていった。

 それを呆然と見送って、セレスさんが呟く。


「も、もしかして、これであの豚のような男と結婚しなくていいということですか……?」


 せ、セレスさんっ、本音が出ちゃってますよ!?

 一応あれでも皇太子なんだから……豚って……。


「そうだよ! やったね! セレスお姉ちゃん!」

「は、はい……っ! レイラさん、あなたのお陰ですっ!」

「やっぱり好きな人と結婚するべきだもんね!」

「す、好きな人とっ……」


 そのとき一瞬、セレスさんが僕の方をちらっと見た気がした。

 気のせいだよね?


「い、いえ、それができれば理想ですが、わたくしは王女ですから……」

「えーっ、そんなの気にしなくていいじゃん!」

「そういうわけには……」


 二人が言い合っていると、そこへ王様がやってきた。


「セレスティアよ……すまなかった。国のためとはいえ、お前がそこまで嫌がっておった相手と結婚させようとしていたとは……。確かに、あれは豚以外の何者でもない」


 王様、さっきセレスさんが豚って言ったの聞いてたんだ……。

 でも「豚以外の何者でもない」とまでは言ってないよね?


「お父様……」

「それにしても、君たちには何と礼を言うべきか……。まさか、あのような化け物を倒してしまうとは……しかもその制服、王立学院の生徒……む? その赤い髪、どこかで見たことあるような……」


 と、そのときだ。

 僕とレイラは懐かしい気配を感じて、そろって空を見上げた。


「わっ! パパだーっ!」


 空から降ってきたのはお父さんだった。

 レイラが嬉しそうに駆け寄り、お父さんに抱き着いた。


「久しぶりだな、レイラ。元気にしていたか?」

「うん! 元気!」

「お父さん? どうしてここに?」

「いや、実はな……」


 僕の問いに、お父さんはバハムートの死体を振り返りながら答えた。


「こいつを追いかけてきたんだ。戦っていたんだが、逃がしてしまってな」


 ええっ?

 じゃあ、バハムートがここに来たのって、お父さんのせいだったの?


「まぁ、二人が倒してくれたようだし、結果オーライだな」


 そうだけど……。

 しかも考えようによっては、その陰でセレスさんが結婚を免れたわけだけど……。


 僕が複雑な感情になっていると、なぜか王様がお父さんを見て驚いていた。


「き、貴殿は……っ!」

「ん?」

「もしかして四年前、我が国を救ってくれたあのときの若者ではないかっ!?」

「ふむ?」


 お父さんは首を傾げている。

 どうやら忘れているらしい。


「お父さん、この国の国王様だよ。四年前、魔王城に行く途中でこの国に立ち寄って、そのときに会ったことあるはず」

「そうだったか?」

「や、やはり! 貴殿が魔王を倒してくれたのか! そうか! ならば、あのとき一緒にいた子供たちが彼らか! 道理で強いわけだ!」


 一人興奮する王様は、声を張り上げて配下たちに命じたのだった。


「宴だ! 宴の準備をしろ! 我が国を、いや、世界を救ってくれた英雄のため、盛大な宴を執り行う!」










「それにしてもお前が世界を救った英雄の子供だったなんてな。道理で出鱈目なわけだよ」


 ランタが呆れたように言う。


「僕なんてお父さんと比べたら全然だけどね」

「いやいや、バハムートを二人で討伐する時点で、どっちも雲の上だって。な、アーク様?」

「その呼び方やめてよ……」


 先日の国王演説からすでに数日が経っている。

 僕が魔王を倒した英雄の子供だということが知れ渡ったせいで、みんなから「様」を付けられ、僕まで英雄のように扱われていた。

 そんな中で、ランタは以前と変わらない態度で付き合ってくれる数少ない友人だった。


 ちなみに英雄として国を挙げての歓迎を受けた後、お父さんは「次は魔界にでも行ってみるかな」とか言って去ってしまった。

 ……あの人なら本当に行きかねない。


「悪ぃ悪ぃ。それより、またレイラちゃんと入れ替わったりしないのか?」

「もうしないって」

「そう言わずにさー」

「何でそんなに入れ替わってほしそうなんだよ……。だいたいあれはレイラの方から――」

「ねぇ、アーク!」


 ……噂をすれば影ってやつだ。

 嫌な予感に、僕は顔を顰めた。








 なぜまた入れ替わってしまったのか。

 レイラの制服を身に着けた僕は、自分の意志の弱さを呪いたい気分だった。


 それはまたレイラの強引なプッシュに折れてしまったということでもあるけれど……。


 それだけじゃない。

 正直に言おう。


 入れ替わればまたセレスさんの傍にいれる。

 その強烈な魅力に、僕は敗北してしまったんだ。


 ダメだって分かっているのに……。

 僕のバカ野郎!


 ……落ち込んでいても仕方ない。

 ちゃんとレイラを演じて、無事に男子寮へと戻ってこよう。


「レイラさん? こんな時間にどこに行かれていたのですか?」

「ちょっとお散歩に!」


 ちょうど就寝間際の時間だったので、女子寮にあるレイラの部屋に行くと、セレスさんが出迎えてくれた。

 ここじゃないと見ることのできない可愛らしい寝衣姿だ。


 アリサさんはお手洗いにでも行っているのか姿は見えず、リッカはベッドに寝転んで本を読んでいた。

 本越しにこっちを見て、ニヤリと笑ったので僕がまた入れ替わったのを認識しているのだろう。


「そろそろ寝る時間ですよ?」

「うん! お休みなさい!」

「お休みなさい」


 何を思ったか、そう言いながらセレスさんが近づいてきた。

 そのままギュッと抱き締められてしまう。


「~~~~っ!?」

「ふふ、こうすると安心して眠れるんです」


 セレスさんの柔らかさといい匂いに包まれて興奮した僕はたぶん眠れない!


「……?」


 不意にセレスさんが首を傾げた。

 そして突然、僕から離れると、まじまじと顔を覗き込んでくる。


「レイラさん……じゃ、ない……?」

「っ!?」


 ば、バレた!?

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