第51話 今はまだダメです
「レイラさん……じゃ、ない……?」
セレスさんが口にした言葉に、僕は戦慄した。
慌てて否定しようとするけれど、
「あ、あなた、レイラさんではありませんねっ?」
「な、なに言ってるの、お姉ちゃんっ? れ、レイラはレイラだよ!」
「いいえ、違いますっ! 似ていますがっ、レイラさんとは少し匂いが違いますっ!」
匂い!?
「それにっ、顔にあるほくろの位置が異なっていますっ!」
そんなところまで!?
セレスさん、どんだけ細かいレイラのところを把握しているんだっ?
いや、考えてみたら入学してから随分と時間が経った。
同じ寮の部屋で、今では同じゼミ。
二人が長く接すれば接するほど、入れ替わったときの違いに気が付きやすくなるのは道理だ。
うああああっ!
何でそんな簡単なことに思い至らなかったんだ!
入れ替わりはもう前回で最後にしておくべきだった!
そして当然、誰と入れ替わったのかは推理するまでもないはずで――
「アーク、さん……?」
僕は観念して項垂れた。
ここで下手に抵抗しても、かえって心象は悪くなるだけだ。
「はい……そうです……ごめんなさい……」
翌日、僕は、レイラ、セレスさん、それにリッカと一緒に空き教室へと集まっていた。
セレスさんはさっきから一言も発しておらず、それがとても怖い。
「……リッカさんもご存じだったのですか」
「はい。知ってました」
「なぜ加担していたのですか?」
「とても面白そうだったから」
「面白そうだったから……?」
リッカの斜め上の言葉に、セレスさんは眉根を寄せた。
王女様相手にはっきり言っちゃうリッカ、相変わらずだ。
「ま、まぁ、あなたのことは後でいいでしょう。まずはレイラさん。今回の件は貴方から持ちかけたということでよろしいですね?」
「うん、そうだよ」
「理由を聞いても?」
「武術科の方にも通ってみたかったから!」
そして楽しそうに真実を告げるレイラも相変わらずである。
でも事実を言ってくれて助かった。
これなら僕も被害者として扱ってもらえ……るかな?
「同性ならまだしも、お二人は異性なんですよっ? 必然それは異性の寮に寝泊まりするということ! もし見つかったら退学モノです!」
「うーん、バレなきゃ大丈夫かなって」
「……レイラさん」
さすがのセレスさんもレイラに呆れ切っている。
うん、いいぞ。
元凶は完全にレイラという流れだ。
「……アークさんはなぜ応じたのですか?」
「その……最初はレイラに無理やり……その後は、リッカに脅されたんです。言うことを聞かないとバラすって」
どちらも本当のことだ。
あれ、そう考えてみると本当に僕は完全に被害者じゃない?
「レイラさん、リッカさん、本当ですか?」
「うん!」
「本当です」
二人もはっきり頷いてくれた。
「……はぁ」
セレスさんは深々と溜息を吐き出した。
「まったく、何をやっているのですか……。……仕方ありませんね。本来であれば、学院に報告して処罰を下していただくべき案件ですが……あなた方には貸しがあります。今回の件は目を瞑ることにしましょう」
僕はほっと安堵の息を吐いた。
セレスさん、ありがとうございます。
「……ですが」
と、そこでなぜかセレスさんの鋭い視線が僕を射貫く。
「それには一つ、条件があります。いつお二人が入れ替わっていたのか、そこで何を見て何をしたのか、すべて洗いざらい教えていただけますか?」
「えええっ!?」
そ、それはマズい!
だって、それを知られたら……。
「話します」
「ちょっ、リッカ!?」
「最初は入学して一週間後ぐらい。レイラの代わりに授業に出て、夜には女子寮のお風呂に――」
「うわあああああっ!?」
「……まさか大浴場まで……しかもレイラさんだと思ったのは……そしてあの眠れない日、ベッドで一緒に寝たのも……」
リッカがすべてを話し終えると、セレスさんはぷるぷると震えていた。
ヤバい!
めちゃくちゃ怒っている!
顔なんてリンゴのように赤くなってるし!
ちらりと横目で見ると、リッカはニヤニヤと楽しそうに笑っていた。
こいつ……っ!
「つまり……わたくしは……アークさんに……を見られ……あまつさえ……を許し……」
「ご、ごめんなさいっ!」
僕はその場で土下座した。
生まれ変わっても魂は日本人だ。
もはやこうなったらひたすら謝るしかない。
「ば、罰なら何でも受けます!」
セレスさんはしばらく赤い顔で黙考してから、
「……あ、アークさんっ。あなたにはっ、せ、責任を取ってもらおうと思いますっ」
「は、はいっ……」
ん? 責任?
「な、何か不服でもっ?」
「いえ! もちろん、どんなことでも受け入れつもりです! それで、何をすれば……?」
「そ、それは……あ、あなたがこの学院を卒業してからお伝えしますっ!」
えっ? 今じゃないの!?
「い、今はまだダメですっ!」
なぜかますます顔を真っ赤にして断じるセレスさん。
僕が卒業したらって、まだ四年近くあるんだけど……余計に怖い……。
いっそ今すぐ言ってくれた方が嬉しいくらいだ。
もしかしてそれ自体も罰?
だとしたらなかなか意地が悪い。
セレスさんらしくないけど。
まぁでも、セレスさんの怒りを鎮めるためなら甘んじて受け入れよう。
僕は四年後に言い渡される罰に戦々恐々としつつも、ひとまずは前世で叶わなかった学院生活を満喫するのだった。
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ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
この第五章でいったん完結となりますが、お陰様で現在続いているコミックの方が好調でして、続きの原作が必要になりそうな感じらしいです。その辺りが確定しましたら、続きを連載していこうと考えておりますので、それまでしばしお待ちください。
無職の英雄 ~別にスキルなんか要らなかったんだが~ 九頭七尾(くずしちお) @kuzushichio
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