第33話 本当にそっくりです

 セレスティアさんが僕の――正確にはレイラの――ベッドに入ってくる。

 腕に振れた柔らかな肌、そして甘い香りに僕はドキリとしてしまう。


 ち、違うんだ!

 決して下心があって許可したわけじゃないんだ!

 セレスティアさんが安心して眠ることができるようにっていう、善意百パーセントだから!


 セレスティアさんはこちら側を向いて横になるばかりか、僕に身体を寄せてきた。


「……ふふ、やっぱり、こうしていると落ち着きます」


 くすりと笑うセレスティアさん。

 やっぱり?


 まぁ安心してくれて何よりだけど、一方の僕は別の理由で眠れそうにない。


「でも、普通なら逆ですよね。情けないお姉ちゃんです」

「そ、そんなことないよ?」


 セレスティアさんの顔がすぐ真横にある。

 このまま僕も横を向けば、唇が触れ合ってしまうような至近距離だ。


 だけどさすがにそれをする勇気はない。

 僕は仰向けになったまま。


「四年前……」


 不意に、セレスティアさんが声を低くして呟いた。


「レイラさんは知らないと思うけれど……この街は魔王軍に襲われたんです」


 知ってます。


「……多くの住民が殺されました……。しかも、亡くなった人たちが敵の力でアンデット化し、人間を襲っていき……。次々と増えていくアンデッドに、王都は陥落寸前まで追い込まれてしまったのです……」


 確かに、僕たちが立ち寄らなかったら魔物に占領されていたと思う。


「わたくし自身も、そのとき敵の首魁が操るアンデッドに襲われて……。……どうにか九死に一生を得たのですが、それ以来、アンデッドが怖くなり……時々、夢に見て目を覚ますようになってしまったのです。ここしばらくは収まっていたのですが……」


 先日、ハイオークのアンデッドに襲われたことで、きっとまたぶり返してしまったのだろう。


「セレスお姉ちゃん」

「……はい?」

「みんなの前では気丈に振舞ってたんだね」

「そ、それは……」

「うん、分かるよ。だって王女様だからね。弱いところは見せられないよね?」

「……」

「でも、レイラには遠慮しなくていいよ?」

「え?」

「レイラはセレスお姉ちゃんの味方だもん!」


 本人じゃないことに罪悪感を覚えるけど……でもレイラならこんなふうに言うに違いない。


 セレスティアさんはしばらく目を丸くしていたけど、突然、


 ぎゅっ!


「~~~~~~っ!?」


 僕に抱き着いてきた!?


「ありがとう、レイラちゃん……ありがとう……」


 も、もちろんこれは予想外のことだ!

 こうなると見越して甘い言葉を口にしたわけじゃないからね!?


 当然、振り払うわけにもいかないよね、うん。

 だから僕は大人しくセレスティアさんを受け入れるのだった。

 仕方ないよね、うん、仕方ない。



   ◇ ◇ ◇



(……本当に落ち着く)


 セレスティアは自分より四つも年下の一年生に抱き着きながら、先ほどまでの恐怖が薄れていくのを感じていた。


 薄っすらと目を開けると、赤い髪が特徴的な彼女の横顔が見える。

 まだ幼い顔つきながら、しかしセレスティアには誰よりも頼もしい存在に感じられた。


(別人、ですよね?)


 思い出すのは、あの日、彼女を絶体絶命の状況から救ってくれた一人の男の子だった。


 魔王軍の幹部である死霊術師が操る、アンデッドキメラ。

 それを男の子はいとも容易く倒してしまったのだ。


 その光景を彼女は一日たりとも忘れたことはない。

 だが、生憎とその男の子が何者であるかはもちろん、名前すらも知らなかった。


(でも、本当にそっくりです)


 目も前にいる少女と同じ、赤い頭髪。

 あれから四年の時が経っているが、顔もよく似ていた。

 それに圧倒的な強さも……。


 だからこそ、こうして傍にいると先ほど見た悪夢のことを忘れ、安心感に包まれていくのだろう。


 入学式で初めて見たとき、セレスティアは「あの男の子だ!」とその再会を喜んだ。

 けれどすぐに女の子であることが分かって、大いに落胆した。


(男の子に見えたけれど、実は女の子だったとか……? だけど、さっきの話への反応……やっぱり別人なのでしょう)


 もし同一人物だったとしたら、きっと「あ、それ、レイラだよ!」と言ってくれただろう。

 そもそもあの男の子は、ほんの一瞬のことだったとはいえ、レイラとはまったく性格が違ったと記憶している。


(……もしくは、兄妹という可能性も……? そう言えば、ご家族のことを聞いてな――)


 図らずも核心に迫ったセレスティア。

 しかし最近の疲労の蓄積もあってか、そこで眠気が勝り、ゆっくりと意識を手放してしまったのだった。



   ◇ ◇ ◇



 翌朝、僕は息苦しくて目を覚ました。

 顔が何かに柔らかいものに埋まっているせいだ。


 まぁこんなことは珍しいことじゃない。

 うちの妹は夜中に勝手に人のベッドに入り込んで、僕に抱き着いてくるクセがあるのだ。


 お父さんがいるときはお父さんのベッドなので、たぶん僕をお父さんの代わりにしているのだろう。


 それにしても久しぶりかもしれない。


「ちょっと、レイラ。苦しいから離れて」


 僕は強引にレイラを押し退けようとする。

 すると力を入れた左手のひらが、今までにない感触を覚えた。


 ……あれ?

 なんだこの柔らかいの?


 レイラの身体にこんなものあったっけ?

 いや、そもそもレイラは今、別の寮で寝泊まりしているはずだ。


「っ!?」


 そこでようやく僕は昨晩のことを思い出した。

 そうだ、確か、セレスティアさんが僕のベッドに入ってきたんだ。


 じゃあ、この感触の正体は……。


 恐る恐る左手の先に視線をやると、そこにあったのは美しい膨らみだった。


 ぬああああああっ!?

 何やってんだ僕はぁぁぁぁっ!?

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