第34話 御託を並べるのは雑魚の証

「昨夜はお楽しみだったわね」

「何で知ってるの!?」


 僕はリッカにからかわれた。


「すぐ下であんな激しくされたら誰だって気づくから」

「そんなことしてない! ただの添い寝だよ、添い寝っ」

「王女様の添い寝……ただのと形容するにはパワーワード過ぎると思うわ」


 リッカは「王女様の信奉者が知ったらどう思うかしらね」と前置きしてから、


「女の子でよかったわね?」


 などと意地悪な顔で笑う。


 幸い、セレスティアさんの胸を触ってしまったことはバレてないようだ。

 もちろんあれは不可抗力であり、僕には何の罪もないんだけれど、万が一リッカに知られたりしたらさらに弱みを握られる羽目になってしまう。


 セレスティアさん本人にもバレてない、はずだ。

 あの後、しばらくしてから彼女も目を覚まし、後輩のベッドで一緒に寝ていたことを思い出すと、ちょっと恥ずかしそうに頬を主に染めたのだった。


 その様子がとても可愛らしくて、僕まで顔が熱くなるのを避けられなかった。


 それにしてもセレスティアさんの身体、柔らかかったなぁ……。


 レイラにもよく抱き着かれているし、慣れていると思っていたけれど、やっぱり妹にされるのとはまったく違う。


「レイラ?」

「……」

「レイラ? おーい、返ってこい」

「……」

「無視すんな。本当の名を叫ぶぞこら」

「いたっ?」


 リッカに頭を叩かれて僕は我に返る。


 昨晩の感触を思い出すたびに、ずっとこんな感じだった。

 お陰で朝からまったく集中できていない。


 授業を聞いても右から左だ。

 どうせすでに理解している内容だから聞く必要はあまりないんだけれど。


「おい、決闘だ!」

「武術科の生徒同士が決闘やるみたいだぞ!」

「マジか! 面白そうだし見に行こうぜ!」


 と、そんな声が聞こえてきて、僕たちは振り返った。

 興奮した生徒の集団がどこかへ走っていく。


「決闘だって」

「ふーん」

「興味なさそうだね」

「ないわ。かっこよく言ってるけど、要は喧嘩でしょ?」


 そう言われればそうだけど、男の子としてはちょっと気になるところだった。

 ……今は女の子のフリしてるけど。


「何でもSクラスの三年生と、Eクラスの一年生が戦うらしいぜ!」

「いやそれ、一瞬で終わっちまうだろ」

「しかも一年は《無職》だとか」

「おいおい、一瞬どころかもうやる前から完全に負けてるだろ!」


 僕とリッカは顔を見合わせた。

 嫌な予感しかない。








 それは武術科と魔法科の校舎の間に広がる中庭だった。

 大勢の生徒たちが集まり、なかなかの賑わいを見せている。


 そんな中、彼らの中心で対峙する二つの影があった。


 片方は僕より三つ四つは年上だろう少年だ。

 プライドの高そうな顔に嘲笑を浮かべて相手を見下ろしている。


 そしてもう一人は、案の定、僕に変装したレイラだ。

 何やってるんだよおおおおおっ!?


「ふん、この私に《無職》ごときが決闘を挑むなんて、身の程知らずにもほどがある」


 少年が鼻を鳴らすと、レイラは不敵に笑い返した。

 なぜか顔を半分手で覆いながら、


「くくく……御託を並べるのは雑魚の証……ごちゃごちゃ言ってないで、早くかかってくるがいい……」


 いや誰だよ!?

 僕のロールプレイングが下手過ぎる……っ!


「っ、どこまでも愚弄しやがって……っ!」


 少年が剣を抜いた。


「後から後悔して泣くんじゃないぞ!」


 ついに始まる決闘に、野次馬が湧いた。


「そうだ! 生意気な一年に目にもの見せてやれ!」

「まぁ勝負は一瞬だろうな。十秒以内に終わるに金貨一枚」

「ははっ! 十秒もかからねぇだろ! 俺は五秒以内に金貨二枚だ!」

「いいや、勝つのはアークさんの方だ!」

「おいおい、マジかよお前っ、正気か?」


 中には賭けを始める生徒もいる。

 少年の圧勝を確信している声がほとんどだ。


 でも僕――というか、レイラの勝ちを予想する声もあった。

 って、よく見たらガオルさんじゃないか。

 僕が勝つと声高に宣言したことで、周りから馬鹿にされている。


「そもそも、一撃でも私の剣を防げるかな?」


 仕掛けたのは少年の方だ。

 地面を蹴って一気に距離を詰める。


「は、速っ!?」

「さすが《天剣士》のカーゼムだ!」


 ……んん?

 速い、かなぁ……?


 ガキンッ!


 少年が振り下ろした剣をレイラはあっさりと受け止めた。


「っ……私の斬撃を……っ? だ、だが、今のはほんの挨拶代わりだ!」


 少年が跳躍したかと思うと、空中で突然、軌道を変えた。

〈天翔〉という、空中ジャンプを可能にするスキルだ。


「な、なんて動きだ……っ!?」

「あれが〈天翔〉スキル!? あんな速さで立体的に飛び回られたら、攻撃を予測できないぞ!?」


 野次馬がどよめく。


「さあ、次の攻撃は防げるかなっ!?」


 直後、少年はレイラに飛びかかった。


 ガキンッ!


 また簡単に防がれた。


「ば、馬鹿なっ……? くっ、どうやら手加減は要らないようだな!」


 少年は再び躍りかかる。

 そして間合いに入る寸前、〈天翔〉を使って僅かに軌道をズラした。


 ガキンッ!


 レイラにはまったく通じなかったけど。


「なっ……」

「くくくっ……やはりこの程度か……次は僕からいくぞ……」


 だからその話し方やめろって!

 くくく、なんて悪役みたいな笑い方もしないし!


 次の瞬間、レイラの姿が掻き消えた。


「「「え?」」」


 野次馬だけでなく、決闘中の少年まで完全に見失ってしまったようだ。


「ど、どこにっ……」

「くくく……ここだ……」

「っ!?」


 レイラは少年の背後にいた。


「があああっ!?」

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