第35話 何でいきなり関節技かけてくるの

 レイラは剣を使わず、少年の背中に蹴りを叩き込んだ。


「があああっ!?」


 少年が吹き飛ばされ、地面に激突する。

 気を失ったのか、動かなくなってしまった。


「「「な……」」」


 呆然として静まり返る野次馬。


「う、嘘だろ……?」

「カーゼムさんが負けた……?」

「あ、あいつ、本当に《無職》なのか……?」


 そのとき、静寂を切り裂くような声が響いた。


「あなたたち、そこで何をしているのですか! 学院内での私的な決闘は禁じられているはずでしょう!」


 振り返ると、そこにいたのはアリサさんだった。

 さらに、こちらに向かってくる教員の姿も見えた。


「やべっ、逃げろっ」

「お、俺たちただの見学人だからっ」


 慌てて野次馬が去っていく。


 僕もその場から逃げたい気持ちでいっぱいだったけれど、生憎とこの事件の中心人物が双子の妹だ。

 しかも僕に変装している。


 つまり、みんなは僕が犯人だと思っているわけで。

 ほんと何してくれてるんだよおおおおっ!


「レイラさん、何があったのですか?」

「っ! せ、セレスお姉ちゃん……っ!?」


 ま、まずい!

 このままだと、セレスティアさんに僕が決闘をするような暴力的な人間だと思われてしまう……っ!?


 学院に入学してから、アークの方の僕は一度もセレスティアさんと会っていない。

 四年前、初めて会ったあのとき以来の再会が、こんな形だとしたら最悪だ。


「お、お姉ちゃん! えっとねー―」


 慌ててセレスティアさんの意識を逸らそうとしたけれど、そこへアリサさんが割り込んできた。


「殿下、決闘です。武術科の生徒同士がこの場で私的な決闘を行っていたようです」

「決闘……」


 セレスティアさんの視線が、倒れた少年の方へと向けられる。

 ちょっ、アリサさん!?


 さらにはそのすぐ傍にいた、僕に変装したレイラへ――


「っ……あ、あなたはっ……」


 セレスティアさんが目を見開いた。


「まさか、あのときのっ……」


 えっ、覚えてくれていたの?

 一瞬状況を忘れ、僕は彼女の呟きにドキリとしてしまう。


 四年前のあのとき、少し出会っただけだ。

 誰かに助けられことは覚えていても、きっと顔までは覚えていないだろうと思っていた。


 だけどこの反応。

 四年が経ってもすぐに僕のことが分かるなんて。


 いや、実際にはあそこにいるの、僕じゃなくてレイラなんだけどね……。

 ややこしい……。


「殿下……?」


 アリサさんが訝しむ中、セレスティアさんはただ真っ直ぐ僕(レイラ)を見つめ、微かに身体を震わせている。


 そこでレイラがこっちの方を向いた。


「あっ、セレスおね――じゃなかった」


 おい!

 今、間違えそうになっただろ!


「……ふっ、どうしたんだい……子猫ちゃん……?」


 言わない! そんなこと絶対言わないから!

 変なキャラクターをセレスティアさんに印象付けるのやめて!


「っ! あ、あのっ……そのっ……」


 だけどレイラに見つめられたセレスティアさんはと言うと、いつもの凛とした様子がどこへやら、なぜか顔を赤らめ、焦ったように何度も言葉を詰まらせた。


 ほら、反応に困っているじゃないか!

 もう絶対、変な奴だと思われているよ!


「し、失礼しますっ!」

「で、殿下っ!?」


 終いには踵を返して逃げて行ってしまった。


 僕はがっくりと肩を落とす。

 するとぽんと肩を叩かれた。

 振り返ると、そこにいたのはリッカだ。


「どんまい」

「うるさいよっ」


 リッカは呆れたような顔で溜息を吐いた。


「……そう嘆く必要はないと思うけど?」







 その日の夜のことだった。

 僕はまたレイラに呼び出されていた。


「アーク! また交代! って、ちょっ、何するの!? いたたたたたっ!? 何でいきなり関節技かけてくるのっ!?」

「自分の胸に聞いてみろ!」


 今日という今日はさすがにただでは済まさない。

 いつも通りの無邪気な笑顔を浮かべるレイラに襲いかかり、僕は関節をきめてやった。


「痛い痛い!」

「ごめんなさいは?」

「痛いよっ!」

「ごめんなさいは?」

「ご、ごめんなさーいっ!」


 僕はひとまず解放してやった。


「うーっ、いきなり何すんのさっ?」

「反省してないね?」

「ごめんなさい」


 僕の怒気がようやく伝わったのか、レイラは珍しく素直になった。


「何で勝手に決闘なんてやったのさ? 前に喧嘩はやめろって言ったでしょ?」

「だから決闘にしたの!」

「一緒だよ!」

「えー。だって、あの人、アークのことすっごく馬鹿にしてきたんだもん」


 ぷんすかと頬を膨らませるレイラ。

 一体何を言われたのか知らないけど、自分のことじゃないんだからもうちょっと我慢してほしいと思う。

 ……結果的に不利益を被るのは僕なんだし。


「あ、それで、決闘の罰で一か月、先生のお手伝いだってさ」

「やってから交代しようよ!?」

「めんどくさいもん」


 まぁ、これ以上、レイラに僕をやらせておくのは怖い。

 先生の手伝いぐらい、我慢するとしよう。


 それよりも心配なのはセレスティアさんのことだ。

 あのあと少し話をしたりはしたけれど、なんだかずっと上の空だった。


 そんなに僕が決闘をしていたのがショックだったんだろうか……。


 実はあれは僕じゃなくてレイラだったんだ。

 そう言えたらいいんだけど、そうすると入れ替わっていたことが知られてしまい、もっと酷いことになってしまう。


「はぁ……」

「どんまい?」

「誰のせいだと思ってんだよ……」

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