第36話 あのときわたくしを助けてくれた

 レイラは魔法科へと戻ってきていた。


「セレスお姉ちゃん? どうしたの?」

「えっ、ななな、何でもありませんよっ?」


 朝からセレスティアの様子がおかしい。

 いつもは一生懸命にやっているはずの掃除もどこか心ここにあらず。


 レイラが声をかけると、狼狽え始め、なぜか目を合わせようとしない。


「? お姉ちゃん?」

「~~っ」


 回り込んで顔を覗き込むと、真っ赤になって顔を逸らしてしまう。

 さすがに失礼だと思ったのか、セレスティアは「ち、違うんですっ……」と首を振って、


「あ、あの……一つ、聞いてもいいですか……?」

「なーに?」

「えっと……き、昨日、決闘をしていた武術科の男の子……れ、レイラさんはお知り合いですか?」

「アークのこと?」

「あ、アークさんっ? ……とおっしゃるんですね?」


 セレスティアはそう聞き返しながら、「アークさん……」と小声で復唱する。


「うん! レイラとは双子だよ!」

「ふ、双子……道理で、似ているわけですね……」


 さらにセレスティアは核心へと踏み込む。


「……もう一つ、聞いてもいいでしょうか?」

「いいよ!」

「四年ぐらい前……魔王軍が人類を脅かしていた頃……この都市に来たことがありませんか?」

「あるよ? パパとママと、あとアークも一緒だった!」


 その言葉を聞いて、セレスティアは深く頷いた。


「ま、間違いありません……では、彼が、あのときわたくしを助けてくれた……」



   ◇ ◇ ◇



 武術科へと戻った僕は、今回の入れ替わり期間に起こった出来事を知るため、ランタに話を聞くことにした。


「何だ、もう戻っちまったのかよ」

「それどういう意味だよ……」


 僕が戻ったと知って、なぜかランタが落胆している。


「レイラに変なことしてないよね?」

「し、してねぇって! ……ぎりぎり」


 ぎりぎりかよ。


「てか、レイラのやつ、お風呂とか着替えとかどうしてたんだろ?」

「それ! 俺もずっと疑問だったんだ! ずっとチャンスを伺ってたのに! 気づいたらいなくなってて――」

「……」

「っ……じょ、冗談! 冗談だから!」


 まぁ着替えはどこかに隠れてやればいいし、お風呂は最悪、魔法でなんとかなるか。


「話がそれたけど、決闘以外に何か仕出かしてない?」

「んー、特には思いつかないな」


 よかった。


「あ、そう言えば、なんか自主ゼミに誘われてたぞ」

「自主ゼミ? どんなやつ?」

「それが、Sクラスの生徒ばかりが参加してる超ハイレベルなやつらしい。その後、何で一年のEクラスが勧誘されるんだって、怒った三年生が押しかけてきてよ」


 どうやらそれがあの決闘へと繋がったようだ。


「自主ゼミか……」

「どう返事したのかまでは知らん。ええと、なんて言ったかな、あの女の先輩……確か、三年の……そうだ、メレナさんだ」

「メレナさん?」


 どこかで聞いたことがあるような……。


 あっ、そうだ。

 僕の入学試験を担当してくれた人だ。


「他の参加者には反対されているそうだが、そのメレナさんが強く推してるんだと。気になるなら一度その人に会ってみたらどうだ?」

「うん、そうする。……でもその前に先生の手伝いしないと」







 僕は訓練場へとやってきていた。

 先日の決闘の罰則として、先生のお手伝いをするためだ。

 でも何で訓練場なんだろう?


「おう、来たか」


 そこで待っていたのは筋骨隆々のアラフォー教官だ。

 その見た目から、生徒たちの間ではゴリラというあだ名をつけられている。


 確か、一年生の学年主任だったっけ。

 授業を受けたことはないけど、存在は知っていた。


 名前は忘れた。


「こんにちは、アークくん」

「メレナさん?」


 教室には教員だけでなく、なぜかメレナさんの姿があった。


「彼女は三年Sクラスのメレナだ。入学試験のとき、君の担当を務めたそうだな」

「はい、そうです」


 ゴリラ先生に確認され、僕は頷く。


「実は彼女が訴えていてな。君をEクラスに在籍させるのは間違っている、と」

「その通りです! アークくんの入学試験の結果から考えて、Sクラス以外にはあり得ません!」

「だがな、職業は《無職》だ。普通なら入学するだけでもあり得ないことなのだぞ」

「《無職》なんて、きっと何かの間違いですよ! 私はこの目で見ました! 彼がゴブリンロードを容易く倒してしまうのを……っ!」


《無職》なのは本当なんだけどね……。


「昨日だって、決闘でSクラスの四年生を……」

「待て待て。そう興奮するな。昨日の決闘の話はわしも聞いている。俄かには信じられぬが……たとえ事実であったとしても、禁止されている私的な決闘で評価するわけにはいかない」

「……」


 メレナさんは不満そうに唇を尖らせる。


「だからこそ、こうして改めてわし自ら見極めてやろうとしているんだ」

「あれ? 先生の手伝いじゃ……?」

「そんなものはただの名目だ。これからお前の実力を確かめさせてもらう。もしわしが認めるところならば、上位のクラスに移動することが可能だ」


 よかった。

 面倒な書類の整理とかをやらされるかと思ったけれど、これなら簡単そうだ。


「アークくん、頑張って! あなたの力を見せてやるのよ!」

「う、うん」


 メレナさんから応援されながら、僕はゴリラ先生と数メートルの距離を置いて向かい合う。

 どうやら模擬戦によって僕の力を見極めるようだ。


 だけど、どれくらいの強さなんだろうか?

 武術科の教員をやっているくらいだし、たぶんそれなりに強いはずだけど……。


 でもお母さんからは「基本的に世の中の大人はお前よりずっと弱いと思った方が良い」って言われてるしなぁ。


「手加減する必要はないぞ」


 ま、こう言ってるし、多少は力を出しても大丈夫だよね?

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