第37話 お姉さん好きよ

「ば、馬鹿な……このわしが、こうも容易く負けるなんて……」


 結論から言うと、ゴリラ先生、びっくりするくらい弱かった。

 見掛け倒しにも程があると思う。


 いやでも、仮にも教官だ。

 生徒相手だからと、手を抜いたり油断したりしていたのだろう。


 念のため聞いてみる。


「あの……先生、今のって本気ですか?」

「っ……そ、そんなはずがないだろう!」

「よかった。やっぱりそうですよね。僕なんて、本気の十分の一も出してないですし」

「じゅ、十分の一ぃっ!?」


 ゴリラ先生はひっくり返った。


「あれ? 先生はどれくらいでした?」

「そ、そりゃっ、もちろんっ、わ、わしも十分の一……くらい……」


 だんだんと声が小さくなっていったんだけど、何でだろう?


「先生……」


 そしてなぜかメレナさんは胡乱な目で先生を見ている。


「ご、ごほんごほん! とにかく! お前の実力はよーく分かった! いいだろう! わしがSクラスへの移動を推薦してやろう! 次の職員会議の後には正式に決定しているはずだ!」


 ゴリラ先生はそう約束してくれたのだった。


「やったね、アークくん!」

「はい。でも、こんなんでいいんですかね? 結局、先生も一割しか本気じゃなかったみたいですし……」

「いいのいいの! それより自主ゼミのこと、考えてくれた?」

「あ、はい」


 勢いで頷いてみたけど、もちろんまったく考えてない。

 そもそもその話を聞いたのはレイラだし。


「Sクラスへの移動も決まりそうだし、決闘の件もあるし、たぶんこれであなたの参加に反対する人も少ないと思うわ」

「そうですか?」

「そうよ。それに何より実際の力を見てしまったら、もう誰も文句は言えなくなるはずよ」


 具体的にはどんなことをしているんだろう?

 気になるけど、たぶんすでに説明されていると思うし、ここで改めて訊いたら変に思われてしまうかもしれない。


 まぁ、セレスティアさんが主催しているやつと似たようなものだろう。


「分かりました。それなら一度、参加してみようと思います」

「よかった! あなたが参加してくれたら、きっとすごく盛り上がるわ! それで早速、今日の放課後どうかしら? 簡単なミーティングがあるの」

「はい。じゃあ、行ってみます」

「ありがとう!」







 ……で、放課後。


「あっ、アークくん。ちゃんと来てくれたんだ」

「まぁ、行くって言いましたんで」

「うんうん、約束をちゃんと守れる人、お姉さん好きよ」


 集合場所の教室に行くと、メレナさんが嬉しそうに出迎えてくれた。


「メレナ、その一年生が君の推していたアークくん?」

「そうよ、エンディ」


 エンディと呼ばれたのは細身で中世的な顔立ちの少年だ。

 どうやら彼もこのゼミの参加者らしい。


「紹介するわ。彼はエンディ。私と同じ三年生よ」

「よろしく、アークくん」

「はい、よろしくお願いします」


 さらに別の少年――目つきが鋭い――が近づいてきて、横柄な態度で鼻を鳴らした。


「はっ、まだ子供じゃねぇか。本当にこいつがカーゼムを倒したのか?」

「カーゼムどころか、ゴリラも倒したわ」

「何だと? あのゴリラを?」

「そうよ! きっとすぐにSクラスに上げてもらえるわ!」


 メレナさんは勝ち誇ったように言う。


「あ、こいつはバンナ。三年生ね」

「よろしくお願いします、バンナさん」

「……」


 バンナさんは無言で値踏みするように僕を見てくるだけだった。


 教室内には他にも何人かの生徒がいた。

 まだ一年生の参加者はいないそうなので、たぶん二年生だろう。

 大半はバンナさんと同じように懐疑的な目を向けてきている。


「みんな、集まっているようだね」


 教室に入ってきたのは、爽やかな印象の青年を筆頭とした数人の生徒たちだ。


「ディアス先輩!」

「「「お疲れ様です!」」」


 すると教室内にいた生徒たちが一斉に立ち上がって挨拶をした。

 たぶんこの人たちが四年生なのだろう。


 ディアスと呼ばれた青年は金髪碧眼の美形で、背も高い。

 それでいて温和な印象を受けた。


 メレナさんから事前に聞いた話では、ディアスさんは公爵家の子女らしい。

 王位継承権も持っているとか。


「お疲れ様。……ふむ、見慣れない顔がいるね。もしかして君がメレナの言っていたアーク君かい?」

「あ、はい、そうです」

「僕がこの自主ゼミを企画している四年生のディアスだ。メレナから話は聞いているよ。ゴーラ先生を倒したんだって?」


 ゴーラ?

 ああ、ゴリラ先生のことか。

 本名もほとんど同じじゃないか……。


「一応……」

「それはすごい。四年生でも先生とまともにやり合える人は数えるほどしかいないんだよ」

「いや、ディアスさん、まさかそれ信じるんすか?」


 割り込んできたのは先ほどのバンナさんだった。


「嘘を吐いても仕方ないだろう?」

「分からねぇっすよ。メレナのやつ、前からそいつを推してたから、今更後に引けなくなって大法螺吹いちまったのかもしれねぇ」

「私そんなことしないわよ」

「どうかな」


 睨み合う二人。

 僕のことで喧嘩されて気まずいけれど、たぶんこの様子だと普段からあまり仲がよくないのだろう。


「まぁ本当のところはすぐに分かるはずだよ。それにしても……やはり似ているね。アーク君、もしかして魔法科に兄妹がいないかい?」

「はい。双子の妹がいます」

「やっぱりそうか」


 ディアスさんは大きく頷いた。

 他の人たちがハッとしたような顔になる。


「あっ、言われてみたらすごく似てるかもっ」

「えっ? それってもしかして、入学式で代表の挨拶をした……」

「あの《魔導剣姫》の一年生!?」

「マジか! 同じ学年に双子がいたのかよ!」


 どうやらレイラのことは武術科の上級生たちの間でも噂になっているらしかった。


「次の実戦訓練、なかなか楽しそうなものになりそうだね」

「ディアス先輩? どういうことです?」

「実は今度、王女殿下が主催する魔法科の自主ゼミと合同訓練を行うことになったんだ」

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