第32話 嫌なら断っていただいても

「ブオオオッ!」

「「「で、殿下っ!」」」


 オークの剛腕が、セレスティアさんの頭上へと振り下ろされる。


 ザンッ!


 その腕が宙を舞った。

 僕が寸前で間に割り込み、斬り飛ばしたのだ。


 腕を切断されながらも、オークは痛がる素振りを見せない。

 それどころか巨体を躍らせ、突進しようとしてきた。


 ズバンッ!


 今度は足を斬ってやった。

 頭から地面にひっくり返るオーク。


 切断部から血がほとんど出ていない。

 やっぱり思った通りだ。


「このオーク、アンデッド化している」

「あ、アンデッド……っ!?」


 後ろから息を呑む声が連鎖する。


「うん。だから普通の攻撃じゃなかなか倒せない」

「ブオオオオッ!」

「うるさい」

「ブゴッ!?」


 倒れたまま怒声を上げるオークの頭に踵落としを見舞った。

 もちろんこんな攻撃はアンデッドに効果がない。


「ホーリーレイ」

「アアアアアアアッ!?」


 白魔法に属する光魔法で浄化する。

 その光を浴びると、オークは先ほどまでの耐久力が嘘のように動かなくなった。


「大丈夫?」


 アンデッドオークが今度こそ完全に絶命したのを確認すると、僕は地面に尻餅を突いているセレスティアさんに声をかける。


「は、はい。た、助かりました……」


 そう頷くセレスティアさんだったけれど、声が少し震えているのが分かった。

 それにどうやら腰を抜かしてしまったのか、なかなか起き上がれないでいる。


 僕は手を伸ばした。


「あ、ありがとうございます」


 セレスティアさんは僕の手を握り、それでどうにか立ち上がった。


「殿下、ご無事ですかっ?」


 アリサさんが傍に駆け寄ってくる。


「ええ……レイラさんのお陰で……」


 あまり僕、もといレイラのことをよく思っていなさそうなアリサさんが、深々と頭を下げてくる。


「本当にありがとうございます。あなたが助けに入ってくださらなければ、殿下は……」

「と、当然のことだよーっ」


 僕はぶんぶんと手を振った。


「それにしても、ハイオークのアンデッドなんて……」

「まさか……」

「おい、やめろって。もう魔王はいないんだ」

「そ、そうだ、何かの偶然だろ……」


 みんな顔を青くしている。


 四年前、この王都はアンデッドの集団に襲われ、陥落寸前にまで追い込まれたのだ。

 そのときの恐怖を思い出しているのかもしれない。


 それから僕たちは予定通り馬車に乗り込み、街へと戻ることにした。

 行きのときとは違い、陰鬱な空気が車内を満たしている中、セレスティアさんがそれを払しょくするように元気よく口を開く。


「みなさん、そう落ち込む必要はありません。何度か不測の事態もありましたが、全員、無事に訓練を終えることができたのです。今回の反省を次に生かしていきましょう」








 僕たちが王都に戻ってきた後、騎士団に調査命令が下されたという。

 王女様が命を脅かされたのだから、当然のことだろう。


 森にも調査隊が立ち入ったそうだけど、結局、アンデッドモンスターは確認されなかったようだ。


 魔物が自然にアンデッド化する可能性はゼロではない。

 恐らくは偶然それが起こったのだろうと結論付けられたそうだ。


 すべてリッカから聞いた話だ。

 ちなみにアンデッドモンスターが現れたことは、人々の不安を煽るからと学院内外で緘口令が引かれている。


「リッカ、よく知ってるね」

「パパが王宮の偉い人だから」

「え? リッカって実は貴族の御令嬢?」

「そうよ。だから態度には気を付けた方がいいわ?」


 冗談交じりに脅してくるリッカ。

 でも彼女の性格からして家を頼ったりなんてことはしなさそうだ。


 自主ゼミへの参加者たちも当初は不安そうだったけれど、最近は立ち直りつつある。

 主催者で、一番危険な目に遭ったはずのセレスティアさんが元気にしていることが大きいだろう。


 ただ、明るい雰囲気とは裏腹に、最近ちょっと疲れているようなのは気のせいだろうか?







 その夜、僕は目を覚ました。

 一瞬またレイラかと思ったけれど、違う。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 静かな室内に荒い呼吸が響いていた。

 向かい側のベッドからだ。


 セレスティアさんが上半身を起こし、両腕で自分の身体を抱き締めていた。

 微かに震えている。


「……セレスお姉ちゃん?」

「っ……レイラさん」

「大丈夫?」

「ええ、心配要りません。少し、怖い夢を見てしまっただけです」


 セレスティアさんは横になった。


「起こしてしまって申し訳ありません。……おやすみなさい」

「……うん、おやすみなさい」


 心配しつつも、これ以上は余計なお節介になりそうだと判断し、僕は再び眠りに就こうとした。

 けれど少しして、


「……あの、レイラさん」

「なに、お姉ちゃん?」

「えっと、その……」


 何かを言い淀むセレスティアさん。

 急かさず待っていると、恐る恐る彼女は言った。


「そ、そちらで一緒に寝てもいいですか……?」


 ファッ!?


 衝撃的なお願いに僕は一瞬頭がフリーズしてしまう。

 いいい、一緒に寝る!?

 僕とセレスティアさんが、この狭いベッドで、一緒に!?


「じ、実は最近……怖い夢を何度も見てしまい、あまり眠れていないんです……」

「……セレスティアさん」


 どうやら疲れている印象だったのは間違いなかったようだ。

 傍目には元気そうだったのは、きっと周りにそれを見せないように振舞っていたからだろう。


「も、もちろん、嫌なら断っていただいても……」


 その消えてしまいそうな声に、僕は反射的に首を振っていた。


「い、嫌じゃないよ!」

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