第31話 馴れ馴れしい呼び方はやめなさい

 その後も何体かの魔物に遭遇した。

 デビルバイソンはこの辺りでは強敵に分類されていたらしく、どの魔物もほとんど接近する前に一班の魔法で倒されていく。


 近距離攻撃を担う二班にいる僕の出番はまったくなかった。

 ……暇だ。


「ん?」


 と、そこで僕はある気配を察知する。

 数十メートルほど先。

 草むらに身を潜め、ゆっくりとこちらに近づいてくる何かがいた。


 たぶん魔物だろう。

 ちょっとだけ気配の消し方が上手いからか、僕以外はまだ誰も気づいていないようだ。


「えっと、セレスお姉ちゃん」


 セレスティアさんに声をかける。

 すると誰もが驚いた顔をし、アリサさんに至っては物凄い形相で僕を睨んできた。


「自主ゼミのときにその馴れ馴れしい呼び方はやめなさい……っ!」


 あっ、そうか。

 他の人がいるところで呼んじゃいけないんだった。


 まぁレイラのことだし、普通にそう呼びそうだけど。


「そんなことより、レイラさん。何かあったのですか?」


 セレスティアさんだけはまったく気にしていないどころか、むしろ嬉しそうだ。


「あ、うんっ。魔物が――」


 いや、もう今から説明しても遅い。

 僕たちの警戒が散漫になったことに気づいたのか、すでにその魔物は猛スピードで躍りかかって来ていた。


「ウィンドカッター」


 ズパンッ!


 僕が放った風魔法で魔物の首が飛んだ。

 頭部を失ってもすぐには勢いが収まらず、巨体はしばらく地面を滑っていった。


「「「な……」」」

「魔物に狙われてるって言いたかったのっ?」


 すでに事後だけど、レイラらしくにっこり笑って教えてあげる。


「まったく気づかなかったわ……」

「おい、見ろ。こいつアサシンパンサーじゃないか?」

「は? マジかよ?」


 どうやら気配を消すことに長けていて、熟練の戦士でも奇襲を受けてやられることがある魔物だったらしい。


 ……うーん?

 ちょっと注意すれば分かるくらいだったけど?


 幼少時代、お父さんに連れて行かれた森には、もっと隠密が上手い魔物が沢山いたけどね。


「それに今の魔法……」

「ただのウィンドカッターだろう?」

「でもこんな切れ味、見たことないです……」


 みんなが目を丸くして僕を見てきた。


 そんなに驚くようなことかな?

 これくらい、レイラならいつもやってることだよね?


「これが《魔導剣姫》……」

「一年生でこのゼミに呼ばれるはずだわ……」

「そりゃ、王女殿下が見誤られるわけないだろう」


 セレスティアさんがにこりと笑って言う。


「いえ、レイラさんの実力はこんなものではありませんよ」


 推測するに、レイラがこのゼミに入ることになったのはテスト直前のことのようだ。

 実戦的な訓練への参加は今回が初めてで、レイラの魔法を見るのも、セレスティアさん以外にとっては初めてのことだったらしい。


 それにしてもさすがに驚き過ぎだよね。

 ウィンドカッターなんて初級の魔法だし、威力の調整も簡単だ。







 それから少し休息を取った僕たちは、探索を再開。

 何度か魔物の討伐に成功し、しばらく経った頃、


「それではみなさん、そろそろ街に戻りましょう。お疲れさまでした」


 どうやら今日の訓練はこれで終了らしい。

 馬車に戻ろうとしたときだった。


「殿下、あちらからオークらしき魔物が近づいてきます」


 参加者の一人が指さす方向を見ると、そこにいたのは確かにオークだった。

 すでにこちらを認識したのか、目を血走らせながら駆けてくる。


「ではあの魔物に対処してからにしましょう」


 オークはそれほど強い魔物ではない。

 数が多いならともかく、たった一体だった。


 すぐに片づけられるだろうという弛緩した空気の中、僕は違和感を覚える。


 ……あいつ、なんか気配がおかしくない?


 気配と一言で言っても、色んな要素で成り立っている。

 例えば、呼吸、足音、熱、におい、動作に伴う筋肉や骨の動き、血液の循環、心臓などの臓器の運動、それから発している魔力など。


 当然、身体を動かし、殺気を漲らせながら近づいてきているのだから、強い気配は感じるんだけど……何かが変だ。

 まだ距離があるから、もうちょっと近づいてくれたらこの違和感の正体が分かるかもしれない。


「ファイアアロー」

「ファイアランス」

「ウィンドアロー」


 一班のメンバーたちが遠距離魔法を放った。

 一体のオークに魔法が何発か直撃した。


「やったか?」


 え、誰?

 今フラグを立てちゃったの?


 案の定、やってはいかなった。

 オークは何事もなかったかのようにこっちに向かってきている。


「っ……あれ、普通のオークじゃないです!」

「確かに、身体が一回り大きい……もしかしてハイオーク?」

「なるほど、だからあまり効いてねぇのか」

「近距離魔法をお見舞いしてやるしかないわね」


 ハイオークはオークの上位種だ。

 身体が一回り大きくて、その分、パワーも耐久力も高い、とされている。


 うーん、でもハイオークとオークってそんなに大差ないよね?

 あのオークはそもそもそういうレベルの違いじゃない気が……。


「ブォオオオッ!」


 オークが雄叫びを上げながら突っ込んできた。


「「「グランドウォール!」」」


 オークは突如として現れた土の壁に激突する。

 そこへ二班の魔法が火を噴いた。


「ブオオオオオオオオッ!?」


 先ほどデビルバイソンを仕留めたはずの火力に、オークは断末魔の叫びをあげる。

 巨体が地面に倒れ込んだ。


「……この大きさ、やはりハイオークだったようですね」


 黒焦げになったオークにセレスティアさんが近づいていく。


「っ! 危ない!」


 僕は思わず叫んでいた。


 オークはまだ死んでいない。

 あの状態にもかかわらず、明らかにまだ気配が残っている。


「ブオオオッ!」

「え?」


 案の定、オークはいきなり起き上がると、突然のことに呆然としているセレスティアさんに襲いかかった。

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