第26話 一体どんな練習を
ヘンゲルから進級試験の受験資格を手に入れた俺は、その後、試験の方にも無事に合格した。
「あ、あたくしの研究室に入れてやってもいいですわっ?」
なぜかヘンゲルがそんなふうに言ってきたが、「考えておく」といって保留にさせてもらった。
ともかく、これで赤の学院に続いて、青の学院でもセカンドグレードへの進級を果たしたことになる。
もちろん他の学院でも、可能ならばすぐにでも進級するつもりだ。
というわけで続いて緑の学院で、指導教員に話をしにいくと、
「それは難しいですね。進級試験は年に一度、年度末にしか行われませんので。期間中に試験を受けて進級することなどできません」
どうやら緑の学院には似たようなシステムがないらしい。
「過去には一年生からセカンドグレードに進級した生徒がいたそうですが、かなりの特例だったようです。確か、学院長が直々に許可を出されたとか」
「ふむ。つまりは学院長に認められればいいというわけか」
「……よほどのことがない限り、そんなことはあり得ないと思いますが……。それに学院長は非常にお忙しくされています。一生徒が会おうとすれば、最低でも二、三か月はかかると思いますよ」
「そうなのか」
アポイントが必要らしい。
いや、どうにか強引にでも会いにいけば――
「無茶はやめてくださいね? 下手をすれば一発退学になりかねませんので」
俺の内心を察したのか、釘を刺されてしまった。
「そうですね……。一つだけ、方法がないわけではないですが……」
「あるのか?」
「ほぼ不可能でしょうけれど」
勿体ぶってないで早く教えてくれ。
「もうすぐ飛行魔法のレースが開催されるでしょう? レースは学院長もご覧になられますし、優勝者は学院長が直接表彰されます」
「要するに優勝すれば学院長と話ができるというわけか」
しかもレースで優勝するならば、すなわち同時に実力を証明したことになる。
その後の話も早いだろう。
「ですが、そもそもあなたは飛行魔法をまともに使えなかったでしょう? 出場登録をしていたとしても、あまりにも酷ければ参加を取り消される可能性があります」
「心配は要らない。すでに習得済みだ。なんなら今から見せようか?」
俺は軽く空を飛んでみた。
激しく方向転換してみたり、宙返りを決めたり、あるいは回転しながら飛んでみたり。
「こんなところだ」
一通り実演してから降りてくると、指導教員は唖然としていた。
「う、嘘……この短期間でここまで……? い、一体どんな練習を……」
「毎晩、寝ながら訓練していたからな」
「寝ながら!? どういうことですか……」
「言葉の通りだが?」
それから俺の睡眠訓練について軽く説明してみたのだが、なぜかまったく理解してもらえなかった。
「……魔法使いなら誰しも秘密の特訓法を持っているものですし、教えたくないというのなら無理には訊きません」
俺が嘘を吐いていると思っているらしい。
本当なんだがな。
まぁ出場の確約は得られたので良しとしよう。
そうしてレース当日がやってきた。
スタート地点は、緑の学院の屋外訓練場だ。
エントリーしている学院の生徒たちが、あちこちでアップを始めている。
全部で百人くらいが出場するらしい。
訓練場の周囲は観客席になっているのだが、そこにはレースに参加しない生徒や教職員が観戦に来ていた。
また、学院の外からの観戦者もいるようだ。
「師匠! 頑張ってください!」
「コレットは出ないの?」
「あ、あたしにはまだ無理ですよぉ……」
その中にはいつもの三人組の姿があった。
「あれが緑の学院の学院長か」
観客席の中央に、他の座席よりも明らかに豪華な特別席が設けられているのだが、そこにいかにも威厳たっぷりといった初老の男性が座っていた。
肖像画で見たことのある顔なので、間違いないだろう。
ちゃんと観戦に来てくれたようだ。
「おいおい、まさか本当に出るつもりかよ?」
と、声をかけてきたのは、どこかで見たことのある小柄な少年だった。
「誰だ?」
「わ、忘れるんじゃねぇよ!? 同じ実技の授業を受けてるだろうが!」
「そうだったか? 生憎俺はほとんど受けていないからな」
俺は記憶を探る。
不要な記憶は、
「思い出した。自慢げに自分の飛行魔法を披露して、初心者の生徒たちを馬鹿にしていたやつだな」
「めちゃくちゃ性格悪いみたいじゃねぇか!?」
「事実だし仕方ないだろう?」
そしてこのレースで優勝してやると息巻いていたんだっけ。
「オレはスカイク。将来、世界一の飛行魔法の使い手になる男だ! 当然、こんなところで負けられねぇ!」
「残念だが、優勝は俺がもらうぞ」
「はっ、随分な自信じゃねぇか? どうやらそれなりに訓練を積んだみたいだな?」
「ああ。毎晩、睡眠訓練を欠かさなかったしな」
「???」
少年――スカイクは一瞬「意味が分からない」という表情を浮かべてから、
「ど、どうせこんな短期間じゃ上達したところでたかが知れてる。まぁせいぜい本番で恥かかないようにするんだな」
そう言い捨てて去っていった。
「……便利なんだけどな、睡眠訓練」
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