第27話 きっと学習能力がないのだろう

『いよいよ緑の学院名物の飛行レース、その今期最初の魔導王杯がスタートします! 実況はわたくし、トップグレード三年目のグリッドが務めさせていただきます! そして解説はそのダンディマスクで女子生徒から大人気! ダンブル先生です!』

『ダンブルだ。今日はよろしく』


 緑魔法で拡張された渋い声が会場に響くや、それに勝る甲高い女子の悲鳴が響き渡った。


「きゃーっ! ダンブル先生!」

「素敵! 結婚して!」

「ダンブル先生は既婚者よ! でも抱いてほしい!」


 レース開始が近づくにつれて、観客たちもテンションが上がっているようだ。


「それでは出場者の皆さんはスタート位置に付いて下さい!」


 案内を受けて、レースの出場者たちは訓練場の地面に引かれた白い線まで歩いていく。

 かなり長い線なので、百人前後いてもちゃんと横一列に並ぶことができた。


 俺はそのほぼ左端にいる。

 入学年度によってある程度の位置が決まっており、俺たち初年度生は一番左なのだ。

 なのでスカイクもすぐ近くに陣取っていた。


 軽く周囲を見渡してみる。

 出場者の中には、飛行をサポートする道具を持っている人も多い。

 魔導具でない限り、道具の持ち込みは自由なのだ。


 たとえば長い棒。

 これに跨れば飛行が安定しやすいらしい。

 中には箒に跨っている人もいた。なぜ箒なのだろうか? ちょうどいい棒がなかったのかもしれない。


 サーフィンボードに乗っている人もいれば、マントを付けている人、両手に鳥のような翼を装着している人もいる。

 空気抵抗を減らすためか、ほぼ全裸で挑む青年もいた。


 ちなみに俺は何も持っていない。

 まぁずっと生身で訓練していたし、これが一番慣れている。


 スターターが出てきた。


「よーい!」


 ――ドオオオオオオオオンッ!


 爆発魔法がレーススタートの合図だった。


 出場者たちが我先にと一斉に飛び出す。

 それぞれが発動した飛行魔法の風が結集して、後方に凄まじい暴風が吹き荒れる。


『おおっと! いきなり素晴らしいスタートダッシュを決めたのは、セカンドグレードの二年生、マルコ選手だぁぁぁっ! ぐんぐん加速し、後続を一気に突き放していく! ああっ、しかし十分な高度を確保できないまま、勢い余って観客席へと突っ込んでいったぁぁぁっ!』


 観客席に激突したそのマルコという生徒は、気を失ってリタイアとなってしまった。


『彼は昨年も同じ失敗をしていたね。きっと学習能力がないのだろう』


 解説のダンブルが辛辣な評価を下す中、観客席を下方に見ながら、出場者たちは訓練場を飛び出していく。

 ちなみに実況と解説は、自分で飛行魔法を使って移動しつつ行うようだ。

 ショートカットして先回りするなどしながら、各所に設けられた実況席を転々としていくらしい。


 レースのルートはあらかじめ出場者たちに伝えられていた。

 まずは学院構内を何度か周回してから、学院の外へ出ることになる。

 つまり途中からは街中を飛ぶわけだ。


『スタートして一分! まだレースはほんの序盤ですが、すでにバラけ始めてきています! 先頭集団は……十五名程でしょうか!』

『うち二名がファーストグレードの一年生のようだね』


 それは俺とスカイクのことだ。

 先頭集団のやや後方を並んで飛んでいる。


 スカイクはすぐ横を飛ぶ俺に気づいて、


「お前っ……何でこの速さに付いてきてやがるっ?」

「これくらいは余裕だろう?」


 飛行魔法は魔力も体力を使う。

 先頭集団でも速度が遅めなのは、レースは二十キロにも及ぶ長丁場なので、前半で飛ばし過ぎると後半で失速してしまうからだろう。


『先頭集団はもう間もなく構内から出ようというところ! そしてそこが最初の難所です! 正門を出た直後、選手たちは大きく右にカーブしなければなりません!』

『この速度での急カーブは熟練者にも難しいからね。しかも集団だからなおさら。カーブに辿りつく前の位置取りがかなり重要だよ』


 前方に正門が見えてきた。

 できる限り良い位置を取ろうと、皆が互いに牽制し合っている。


 内側過ぎると遠心力に耐え切れずコースアウトしてしまう恐れがある。

 だが外側過ぎると距離が大きくなるため、その分、遅れてしまう危険性があった。

 だから皆、ちょうどいい塩梅の真ん中を狙っているのだ。


 正門を潜り抜けた。

 一斉に右方向にカーブする。


 回り切れず、二人がコースから逸れて民家の壁に激突してしまったようだ。

 さらに外側を取らざるを得なかった数人が少し遅れ、集団は縦長になる。

 俺とスカイクは真ん中くらいまで上がってきた。


『さあレースは街中へと突入しました! 現在の先頭集団は十三人! ああっと! しかし、さらに一人が集団から離されつつあります! このまま脱落していくのでしょうか!』

『表情が苦しそうだね。どうやら彼にとってはオーバーペースで飛んでいたようだ』

『しかし二人のルーキーは未だしっかりと残っています!』


 街中をがんがん飛んでいく。

 足元からは「がんばれー」という住民たちの応援の声が。

 レースを見ようと、わざわざ家から出てきているのだ。


 やがてレースが半分を過ぎようかという頃には、先頭集団は俺とスカイクを含む七名になっていた。


『もう間もなく折り返し地点です! 昨年の優勝者を含め、有力選手たちの多く残っています! さらにそんな中に二人のルーキーが食い込むという、非常に面白いレースになってまいりました!』

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