第28話 奥の手を使うか
折り返し地点を過ぎた直後、先頭集団から抜け出す者がいた。
『おおっと! ここで昨年の魔導王杯の覇者、いえ、昨年の三大レースすべてで優勝し、数十年ぶりの三冠を達成した〝天空の女神〟ディオネ! もう勝負を仕掛けるつもりなのか、一人飛び出しました!』
『むしろここまで抑えていた方だね。彼女の実力があれば、もっと早くに後続を引き離すこともできただろう』
随分と大袈裟な言葉だが、天空の女神というのはたぶん二つ名なのだろう。
ディオネと呼ばれた彼女は、雪のように真っ白い髪が特徴的な少女だった。
年齢は俺と同じくらいだろうか。
涼しげな顔をしながら悠々と速度を上げていく。
「い、行かせるかよっ!」
それに追い縋ったのはスカイクだ。
置いて行かれまいと、彼もまた一気に速度を上げた。
もちろん俺もそれに付いていく。
さらに他の出場者たちもしばらく懸命に粘ってはいたが、次第に一人、二人と脱落していく。
気づけば先頭を飛ぶディオネと、そのすぐ後方を飛ぶ俺とスカイクの三人だけになっていた。
『なんと、ディオネ選手のハイペースに二人が付いていっています! しかもどちらもファーストグレードの一年生だぁぁぁっ!』
実況が興奮した様子で叫ぶ。
『これでもしファーストグレード一年生が優勝すれば、二十三年ぶりの快挙です!』
スカイクが並飛行する俺へ顔を向けてきた。
「お前もなかなかやるじゃねぇか!」
「そうか?」
俺はまだこれでも大分抑えているが。
「……驚いた。ルーキーがわたしに付いてくるなんて」
と、風の音で掻き消えそうな小さなものだったが、前から感心したような声が聞こえてきた。
今までずっと無言だったディオネが初めて口を開いたのだ。
「はっ、当然だ! このレース、優勝するのはオレなんだからよ!」
スカイクの額には汗が滲んでいて若干辛そうではあるが、そう強がっているくらいだから、まだ幾らか余裕はあるのだろう。
「なら、どこまでついてこれる?」
「っ!」
ディオネがさらに速度を上げた。
あっという間に距離が開いていく。
『なんとディオネ選手、まだ余力を残していましたっ! ルーキー二人をぐんぐん引き離していきます!』
「お、オレだってまだ本気じゃねぇよ……っ!」
スカイクも加速し、懸命に喰らいついていった。
『なんとなんと! それでもルーキーたちは必死に追い縋っています!』
『素晴らしい。まだ一年目とは思えないね』
「これでもまだ? だったら、もっと上げる」
しかしそれを見たディオネが、再び加速した。
「なっ……!? う、嘘だろっ?」
スカイクが愕然と呻く。
どうやらこれが彼の限界ペースだったらしく、ついにディオネから遅れていく。
「お、オレがっ……ぜぇぜぇっ……ま、負けるなんて……っ! くそぉぉぉっ!!」
悔しげに怒声を轟かせながら、スカイクはあっという間に置いていかれてしまった。
『スカイク選手、ついにここで優勝争いから脱落してしまいましたっ!』
『しかし最初の出場でここまで頑張ったのは立派だ。今後も大いに期待できる』
「…………まだ一人残ってる」
ディオネが横目で隣を飛ぶ俺を見てきた。
少しだけ呼吸が荒くなっているようだが、それでもまだ涼しい顔をしている。
「俺の方はさすがにギリギリだけどな」
毎晩欠かさず訓練をしていたとはいえ、飛行魔法を使い始めてまだ二か月ちょっとだ。
相手はもっと何年もやっていたはずなので、年季が違う。
『ディオネ選手がさらにペースを上げて引き離す! アレル選手、どうにか粘りますが、しかし少しずつ離されていっています! その差、五メートル、いや、十メートル!』
『さすがディオネ選手だね。アレル選手もルーキーながら頑張ったけれど、さすがにここから挽回するのは難しいだろう』
実況の通り、だんだんとディオネの背中が遠ざかっていく。
ふむ。
これは厳しいな。
すでに全力で飛ばしているし、このままでは離されていく一方だ。
「仕方ない。奥の手を使うか」
俺は一気に加速した。
『っ!? こ、これは一体、どういうことでしょうか!? アレル選手、突如として爆発的に加速しました!』
さらにもう一度。
『ま、また加速しました!? しかしその直前、わたくしには不思議な動きをしたように見えたのですが……っ?』
『け、蹴ったんだ……っ! 彼は空気の塊を作り出して足場にし、それを蹴ることで加速したんだ!』
今まで淡々と解説していたダンブルの声が初めて大きくなる。
さすがは解説者。
俺のやっていることをすぐに見抜いたようだな。
足元に空気の塊を作り出し、それを思いきり蹴る。
これにより新たな推進力を得たのだ。
『空気を蹴った……? ダンブル先生、そんなことが可能なんですか?』
『……できないことはない。だが普通はやろうとしない。なぜならそれで得られる推進力など、たかが知れているからだ』
『ですが、アレル選手は物凄く加速していますよっ?』
『それは彼の脚力が凄まじいとしか……』
そう。
空気を足場にすると言っても、硬い地面と違って柔らかい。
なので力の大部分を奪われてしまうのだ。
下手をすると、蹴る際に生じてしまう空気抵抗の方が大きく、かえって速度が落ちてしまいかねない。
俺のような加速するには相当な脚力が必要なのだ。
よし、奥の手まで使った甲斐あって、またディオネの背中が近づいてきたぞ。
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