第29話 腕が大きくなったように見えたんですが
『アレル選手、まるで空を翔け上がるかのような独特の飛行法で、さらに加速していく! 明らかにディオネ選手との距離が縮まってきています!』
俺は空気の塊を蹴って、ガンガン加速していく。
一時は五十メートル以上あったディオネとの距離が、もう十数メートルにまで迫ってきた。
「っ……」
ディオネがちらりとこちらを振り返る。
完全に突き放したと思っていたのだろう、表情の乏しい彼女が驚いたのが分かった。
『しかしディオネ選手! なんとここからさらに速度を上げました! ルーキーに負けてなるものかと、三冠女王の維持を見せつけます!』
まだ速くなるのか。
だがこちらも負けていられない。
『アレル選手もそれに付いていきます! いえっ、これはさらに加速している!? なんとうことでしょうか! どうにか差を広げようとするディオネ選手ですが、それでもやはり距離が縮まっています! あの天空の女神が、苦しげな表情を見せていますッ!』
やがてレースは、緑の学院構内へと向かう前の最後の直線に入った。
そして、ついに俺はディオネに並ぶ。
『アレル選手、ここで追い付きましたッ! そのまま一気に抜き去――いえ、ディオネ選手も譲りません! またしても加速し、なんと前に出ます! なんというデッドヒートでしょうか!? これは最後の最後まで勝負の行方が分かりません!』
『……まずいね』
『っ? ダンブル先生?』
『この直線の先、学院構内に入る際に、行きとは逆向きの大きなカーブがある。こんな速さで突っ込んで、回り切れるはずがない』
解説の言う通り、前方に最後のカーブが見えてきた。
『し、しかし両選手、まったく速度を落とす様子はありません!? これは大丈夫なのでしょうか!?』
ふむ。
確かにあのカーブをこの速さで曲がり切るのはかなり困難だな。
だがディオネはまったく速度を緩めない。
曲がり切る自信があるのか、あるいは無茶を承知で突っ込むつもりなのか。
まぁ相手もこのまま行く気のようだし、俺も行くしかないだろう。
が、そのときだった。
俺の予想に反して、ディオネが突如として速度を落とした。
『ああっ! ディオネ選手が急減速! 一気にアレル選手に引き離されるが……そのアレル選手、猛スピードのままカーブへ突入していきます!』
『これはディオネ選手の作戦勝ちだね。ギリギリまであの速度でカーブに入ると見せかけておいたんだ。さすがは三冠女王。この状況でも冷静だ。一方、経験の浅いアレル選手はそれにまんまと引っ掛かってしまった』
『アレル選手、これでトップに躍り出ましたがっ……ああああっと! やはり曲がり切れそうにありませんっ! 遠心力に耐え切れず、コース中心から大きく逸れていくッ!』
左側から凄まじい力がかかり、身体が右方向に持っていかれそうになる。
ふむ。
ならこれでどうだ。
俺は右腕に力を込めた。
筋肉で膨れ上がる。
さらに空気の塊を身体の右側に生み出すと、渾身の力で右腕を叩きつけた。
ズガンッ!!
空気が炸裂する音が鳴り響き、どうにか体勢を取り戻す。
『『え……?』』
ズガンッ!
ズガンッ!
ズガンッ!
ズガンッ!
ズガンッ!
さらにそれを何度も繰り返して、コースアウトすることなくカーブを曲がり切った。
筋肉を鍛えておいてよかったな。
でなければこんな芸当はできなかっただろう。
『ま、曲がり切った……?』
実況が息を呑み、
『ていうか今、彼の腕が大きくなったように見えたんですが……』
『……私にもそう見えたね』
『錯覚、でしょうか?』
『だと嬉しいね』
最高速度を保ったまま、俺は学院の構内に入った。
後はもう直進するだけだ。
真っ直ぐ飛んでスタートした訓練場に入り、ゴールテープを切ればいい。
ディオネとの差は十メートル以上ある。
訓練場に入ると、大歓声が迎えてくれた。
「うおおおっ! 師匠! さすがっす!」
「本当に一位で戻ってきた!?」
「す、すごいですぅ……っ!」
『そ、そして今、アレル選手が一位でゴールしました! なんと入学初年度で優勝! 快挙です! そして僅かに遅れてディオネ選手もゴールイン! 三冠女王が今年最初のレースで二位に終わりました!』
俺がゴールを飛び抜けると、さら大きな歓声が巻き起こった。
「うおおおおおっ!」
「すげぇ! あいつマジで一年で優勝しやがったぞ!?」
「ディオネ様がっ、ディオネ様が負けるなんてぇぇぇぇぇっ!」
……ふう。
しかしさすがに疲れたな。
『し、しかもこれはタイムがっ……れ、レコード記録!? とんでもない記録が出ました! これまでのレコードを一分近くも縮める凄まじいタイムです!』
どうやら大会新記録のタイムらしい。
「……驚いた。負けるとは思ってなかった」
地上に降り立ったディオネがこちらに歩いてくる。
平然とした顔をしてはいるが、汗びっしょりだ。
「いい勝負だったな」
「ん。またやる。今度は負けない」
俺たちは互いの健闘を讃え合って握手を交わす。
『スカイク選手が戻ってきました! 第三位です! 彼もルーキーながら素晴らしい結果を残しました!』
消耗が激しいのか、少しふらつきながらスカイクがゴールテープを切った。
地上に降りるなり、ぐったりと倒れ込む。
慌てて救護班が駆けつけるが、彼は俺たちの方を睨んで、
「ぜぇっ、ぜぇっ……くそぉっ! 次は負けねぇからなっ! げほげほっ」
まぁそれを言える元気があれば大丈夫だろう。
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