第14話 一筋縄でいってますよね
「ここを右で三つ目の角を左、それから百メートルくらい真っ直ぐ進んで、右手にある細い通路を行けば、その先に階段があるな」
迷宮を踏破するごとに、俺はかなり先まで見通すことができるようになっていた。
造り主の意図を読み取る精度も上がってきており、お陰で各階層を数分程度での突破が可能になっている。
「もはや〈千里眼〉スキルじゃないですか……」
「〈千里眼〉?」
ヒーラの呟きが気になって、俺は聞き返す。
「は、はい。なんでも、千里先をも見通せるのだとか」
「へー、そんな便利なスキルがあるのか。習得してみたいな」
現状、俺が目で見えない場所まで探知できているのは、魔力や空気の流れ、音の反響具合といったものだ。
それぞれ利点や欠点があるものの、途中の障害物を無視して遠くの存在を感じ取れるのはやはり魔力によるところが大きい。
無機物か有機物かに関わらず、あらゆるものは魔力を発しており、しかもその波動はすべて固有のものだ。
現状では数百メートルといったところだが、もっと魔力への感知能力を高めれば、千里先まで把握できるようになるかもしれない。
「ふむ、だいぶ潜ってきたな」
それはともかく、俺たちはすでに判明している限り過去の最高到達記録とされる四十階層まで潜ってきていた。
この階層からさらに魔物が強力になり、罠も厄介なものが増えていく。
面倒な仕掛けも多くなってきた。
例えば、階層の各所に配置された特殊なモンスターを倒さなければ開かない扉が存在したり、次の階層と行き来しながら進まなければならなかったり。
お陰でそれまでの倍近く時間がかかってしまったが、それでも五十階層へと到達すると、一転して今度はそうした小細工がなくなった。
罠も減った。
しかしその反面、魔物が凶悪になった。
単に強くなっただけではない。
厄介な魔法や特殊攻撃をしてくる魔物が増え、軍隊のように統率された群れで攻めてきたり、ダンジョンの構造を活かして攻撃してきたりと、なかなか一筋縄ではいかない。
「まぁこっちは正面から粉砕していくだけだが」
「一筋縄でいってますよね……」
五十七階層まで来たとき、俺はある異変に遭遇した。
「魔物が死んでいる?」
なぜか通路のあちこちに魔物の死体が落ちていたのだ。
見た感じ、まだそれほど時間が経っている様子はない。
そもそもダンジョン内で死んだ魔物は、数時間ほどでダンジョンに吸収されて消えてしまうものなので、死体が新鮮なのはおかしなことではない。
……これが浅層であるならば。
浅層はダンジョンに挑戦する人が多くいるため、彼らに殺された魔物の死骸がそこかしこに転がっていたりする。
基本的に必要な素材だけを入手して、不要な部位は放置していくものだからだ。
だが二十階層を超えたあたりから、滅多にそうした死体は見られなくなった。
そこまで潜っている者がほぼいないからだ。
「けど、こんな深くまで来ている人が私たちの他にもいたってことですか……?」
「見たところ人がやったような死体には見えないけどな」
死体をよく検分してみると、どれも無残なものだった。
牙や爪のようなものでズタズタに斬り裂かれ、中には噛み千切られたと思われる箇所もある。
人間が相手では、さすがにこんな死体にはならないだろう。
やがて広い部屋へと出たとき、俺はこの階層で起こっている異変の正体と出くわすこととなった。
「ひっ」
ヒーラが引き攣ったような声を漏らす。
大広間にあったのは、無数の魔物の死骸だった。
その数は軽く五十体を超えており、血臭が蔓延している。
そして積み上がる死体の山の上に。
「猿?」
謎の生き物がいた。
大きさは人間の子供やゴブリン程度だろう。
四肢を持ち、丸まった背中に、小さな頭。
シルエットで言えば、猿に近い。
だが禍々しい闇のオーラを纏っていて、本体がよく見えない。
まるで影が凝縮したかのような存在だった。
そいつは悍しいことに、足元に転がる魔物の死体を貪り食っているようだった。
レッドトロルの太い腕を簡単に引き千切ったかと思うと、豪快に噛みつく。
ボリボリという音が鳴っているのは、骨ごと咀嚼しているからだろうか。
「な、な、何なんですか、これは……」
戦慄とともにヒーラが呻く。
するとその声を聞き取ったのか、謎の猿がこちらを向いた。
「キシャアアアアッ!」
直後、凄まじいスピードで躍りかかってきた。
◇ ◇ ◇
かつて、魔王と呼ばれる存在がいた。
世界に破滅をもたらす災厄として、あらゆる生き物から恐れられていた。
しかしあろうことか、魔王は滅ぼされた。
人間どもが〝英雄〟と呼んだ戦士たちに。
だが魔王は完全に消滅したわけではなかった。
その肉体と魂をあらかじめ幾つかに分けて、世界各地に保存していたのだ。
そのうちの一つが我だ。
あの忌まわしき英雄どもに見つからないよう、肉体と魂を小さく分けてしまったせいで、中には生存競争に敗れたり、悲運な事故によって失われたりしたものもあるだろう。
しかし我は幸運にも死なずに生き延びることができた。
さらに運のいいことに、我はこのダンジョンを発見した。
ここには尽きることのない大量の餌があった。
幾ら喰らえども、ダンジョンから新たに生み出されてくるのだ。
そしてより深くに潜れば潜るほど、活きのいい餌がいる。
我の血となり糧となるならばこやつらも本望であろう。
もちろん餌も簡単には食われまいと抵抗してきた。
幾度か危機に陥ったこともあったが、やはり我は幸運だった。
今や我が肉体はドラゴンをも凌駕するだろう。
それでもかつてとはまだ比べ物にならないほど脆弱ではあるが、きっとそう遠くないうちに力を取り戻すことができるはずだ。
ああ、それにしても美味い。
特にこの筋骨隆々のトロルは我の好物だ。
その腕を引き千切って、骨ごと噛り付く。
「な、な、何なんですか、これは……」
そのとき声がして、我は視線を向けた。
人間?
そこにいたのは人間の二人組だった。
さらに我はそのうちの一人を見て感嘆する。
なんて美味そうな人間だろうか!
一見すると華奢な体躯だが、信じられないほど高密度の筋肉だ。
加えて計り知れないほどの濃密な魔力を纏っているのである。
あれを食らえば我はさらなる力を得ることができるに違いない。
「キシャアアアアッ!」
我は強烈な食欲に突き動かされ、気づけば貪り食っていたトロルの腕を放り捨ててその人間に襲い掛かっていた。
ザンッ!
……え?
なんか、視界が左右に分裂して……。
我の意識はそこで途切れた。
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