第15話 空気を読め、空気を

 謎の生き物が飛び掛かってきたので斬った。

 真っ二つになってぐしゃりと地面に叩きつけられる。


「ふむ。何だったんだ、こいつは?」


 分裂した死体を確認してみたが、猿のような、あるいはゴブリンのような、やはり見たことのない謎の生物だ。

 一応は魔物なのだろう。


「だがあちこちで魔物が死んでいたのは、恐らくこいつの仕業だろうな」


 ただ、ダンジョンに棲息する魔物は互いに共存し合っており、殺し合うことは滅多にない。

 もしかしたら外来の魔物かもしれない。

 ダンジョンの外でも見たことない魔物だが。







 やがて俺たちは七十階層へと辿り着いた。


「ふむ。どうやらここが最下層のようだな」

「な、何でそんなことが分かるんですか?」

「この下には空間がない。下層が存在しないからだろう」

「だから何でそんなことが分かるんですか……」


 最下層は今までのように迷路が広がっているわけでもなく、階段を降りた先に待つのはただ真っ直ぐ伸びる長い通路だ。

 その通路の先には都市の城門にも匹敵する巨大な扉が存在していた。


「これって、まさか……」

「この先にダンジョンボスがいるみたいだな」

「……そうですか、頑張ってください」

「どこに行く気だ?」


 いきなり回れ右したヒーラの襟首を掴む。


「だって私がいる必要ないじゃないですか!」

「それもそうか。じゃあここで待っててくれ。たぶん魔物も出ないだろう。……確証はないが」


 俺は一人で扉に近づいていく。

 するとなぜかヒーラが追いかけてきた。


「や、やっぱり一緒に行きます……こんなところに一人でいるのも怖いですし……」

「魔物は出ないと思うぞ?」


 最下層にいるのは恐らくこの扉の向こうのボスだけだろう。

 ただし、絶対とは言い切れない。


「……絶対じゃないと困るんですよ……だって、私の場合、万に一つでも魔物と戦うことになったら確実に死にますから……」


 結局、ヒーラと一緒に行くことになった。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……


 こちらのことを認識しているのか、扉が重々しい音を立てて勝手に開く。

 門を潜りながら、俺は言う。


「ボスの能力にもよるが、流れ弾が当たって死ぬ方が確率高そうだけどな」


 まぁ本人が行くと言っているんだから仕方がない。


「それを早く言ってくださいよぉぉぉっ!?」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……


「ちょっと待って! まだ閉まらないでっ!」


 慌てて戻ろうとするヒーラだったが、その前に扉が閉まってしまった。

 バタバタと騒がしい奴だな。


 そこは広大な空間だ。

 十メートル以上ある高い天井と床とを繋ぐ柱が林立する先に、玉座があった。


「随分と久しぶりのことじゃのう。ここまで降りてくる者は」


 その玉座に悠然と腰掛けていたのは、褐色の肌の老人だった。

 しかし人間ではない。

 角と翼を持ち、身体の一部が黒い鱗に覆われている。


 悪魔?

 いや、竜人か?


「お主で四人目か、五人目じゃったかのう? 前回はもう五百年は前のことじゃったからな。はっきりと覚えてはおらぬわ」


 ふむ、どうやらここまで辿り着いたのは俺が初めてではないようだ。


「しかし生憎とここから帰ったものは一人もおらぬ。……当然、お主もじゃ!」


 直後、老人の身体に異変が起こる。

 それまで一部を覆うだけだった鱗が全身に広がっていき、さらに身体が膨れ上がっていく。


 どうやら変身するようだ。


「〝神足通〟」


 ――ズシャッ!


「「へ?」」


 ヒーラと老人の声が重なった。


 その老人の首が宙を舞い、地面に落ちてころころ転がっていく。

 残された老人の身体が、ちょうど人とドラゴンの中間めいた姿で停止する。


「ちょっ、まだ変身途中だったじゃろう!?」

「いや、わざわざそれを待ってやる必要はないだろ」

「あるんじゃよ! 空気を読め、空気を!」


 生命力が高いからか、生首になっても訴えてくるが、俺の知ったことではない。

 こっちは早いところダンジョンを攻略して、ミラを助けなければならないのだ。



    ◇ ◇ ◇



 儂はバハムート。

 かつて神々に逆らい、その罪でこの地に封印されし邪竜じゃ。


 その封印は信じられぬほど強力じゃった。

 幾度も解除を試みたのじゃが失敗に終わり、今はもう諦めてしまった。


 何百年、いや、何千年は経ったじゃろう。

 正直言って、毎日が暇で暇で仕方がない。


 死ねば楽になるのじゃろうが、生憎と儂は永遠に生き続けられる生命力を持っておる。

 そして自害することができないようにされていた。

 なんとも酷い生殺しじゃ。


 唯一の娯楽といえば、何百年に一度この最下層までやってくる攻略者じゃ。

 どうやらここはダンジョン化しておるらしく、ここまで辿り着く者はいずれも人間基準では猛者ばかり。

 儂からすれば児戯にも等しいが、それでも少しの暇潰しにはなる。


 そんなことを考えていると、二人の人間が儂のところにやってきた。


「しかし生憎とここから帰ったものは一人もおらぬ。……当然、お主もじゃ!」


 と威圧感たっぷりに言うが、別に殺す気はない。


 殺しなどやり過ぎて、もはや何の楽しみもないからの。

 もちろん帰すつもりもないぞ。

 一生ここで儂の無聊を慰める遊び道具にしてやるのじゃ。


 それにしてもこやつ、儂を見てもまったく怯える様子がないの。

 おっと、よく考えたら人の姿を取っておったの。

 久しぶり過ぎて忘れとったわ。


 儂は早速、元の姿へ。

 さあ、儂の真の姿を見て恐れ慄くがよいわ!


「〝神足通〟」


 ズシャッ!


 ……む?

 いきなり視界がぐるぐる回り出したぞ。

 それに地面が……。


 え?

 もしかして儂、首を斬られた?


 まさかこんな人間がいるとは。

 これなら久しぶりに面白い戦いができたかもしれぬのに……。


 ていうか、変身するまで待たんか!

 空気の読めんやつじゃのう!

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