第16話 ガチがいた

 ボスの部屋の奥にあったダンジョンコアを壊すと、ダンジョン全体が大きく揺れだした。

 早速、崩壊を始めたようだ。


 足元に転移の魔法陣が出現する。

 そしてそこから溢れ出た光に全身が包まれた。


 気が付くとダンジョンの外にいた。

 迷宮の入口がある広場には、今までダンジョンの中にいただろう冒険者たちでごった返している。

 皆、何が起こったのかと目を丸くしていた。


 足元からはダンジョンが崩壊する巨大な地響きが伝わってくる。


「ま、まさかダンジョンが攻略されたのか!?」

「嘘だろ!? 何百年も前からあったという世界最大級のダンジョンだぞ!?」


 ようやく事態が呑み込めたらしいが、それがさらなる驚愕を呼んでいた。


 まぁそんなことより、ミラのことだ。

 俺は広場内のどこかにいるであろう妹を必死に探す。


 だが一向に見つからない。


「まさか、すでに……」



    ◇ ◇ ◇



『……クレハ将軍、ヒイラギです』

『っ! 随分と遅かった』

『はい……申し訳ありません……本来ならターゲットを誘導後、すぐに離脱する予定だったのですが……予期せぬ事態となり、今までダンジョン内におりました』


 忍者系統の職業が使えるスキル〈念話〉。

 どんなに離れていても連絡を取り合えるという便利な能力であり、彼女たちはこれを用いることで、アレルの先回りをしているのだった。

 ただこれはダンジョンの中では使えないという弱点があった。


『予期せぬ事態?』

『は、はい。実は、ターゲットに同行を強要されまして……』

『……そう。それで、時間はあとどれぐらい稼げそう?』

『もう無理です……』

『なぜ?』

『それが……ダンジョンを攻略してしまいましたので……』

『………………は?』


 遥か古代から存在する世界最大級のダンジョン。

 そもそも攻略してしまうことなど想定すらしていなかった。

 本当はここを利用して、最低でも一か月は足止めする予定だったのだ。


『まだ潜って五日だけど?』

『はい……五日です……』

『何層まであった?』

『七十階層です……』

『それを五日で完全踏破? しかも初挑戦で?』

『はい……』

『何の冗談…………とにかく、どうにかするしかない。次の目的地へ誘導して』

『りょ、了解です!』



    ◇ ◇ ◇



「まさか、すでに……」


 戻ってくることができるのは生きている者だけだ。

 つまり、ダンジョン内で死んでしまっていると帰還することはできない。


 胸を絶望が塗り潰していく。


 と、そのとき。


「アレルさん!」


 ヒーラが何やら慌てた様子で駆け寄ってきた。

 後ろには彼女のパーティメンバーである二人の姿もある。


「実は二人がミラさんを見たそうなんですっ」

「本当か!?」

「あ、ああ、本当だ」


 女剣士が頷いた。


「いつどこで見たんだっ?」


 俺が勢いよく詰め寄ると、女剣士は「ひっ?」と驚きながら、


「き、昨日だ。ダンジョンから自力で戻ってきたらしい」


 その言葉に俺は安堵する。

 入れ違いになってしまったが、どうやら無事だったようだ。


「……それで今はどこにいるんだ?」

「それが……あ、あんたのことは話したんだが、兄様には『生きてます』とだけ伝えてくれって言われて……」


 そのまま街を出てしまったらしい。


「そうか……」


 やはり俺は避けられているようだ。


「一応、南の方に行くとだけは聞いているが……」

「今度は南か」


 ダンジョンまで攻略したというのに、結局ここでもミラを捕まえることはできなかった。

 だが俺は諦めない。

 こうなったら意地でもミラを見つけ出してみせる。


 俺は三人に礼を言って、すぐに都市を出発した。



   ◇ ◇ ◇



 アレルが世界最大級のダンジョンを攻略するより、少し前のこと。


 ミラは単身、とある場所へとやってきていた。


「情報によれば、ここに都市があるはずですが……」


 そう呟きながら彼女が立ち尽くすのは、見渡す限り土と岩ばかりの荒野だった。


 徒歩である。

 途中までは乗合の馬車に乗っていたのだが、この一帯へ向かう便はさすがに存在せず、途中から歩いてきたのである。


 その馬車の御者からは、「あんなところに子供一人で行くなんて危険だ!」と、何度も必死に説得されたのだが、ミラは聞き入れなかった。


 しばらく荒野を進み、やがて見つけたのはポツンと立つ小さな塔。

 見たところ何のために作られたのか分からない、デザイン性の欠片もない簡素な外観だ。


 だがミラはようやく発見したという顔で、その塔へと近づいていく。


 そのとき周囲の岩の陰から次々と現れたのは、どう見ても堅気ではない容姿の男たちだった。


「お嬢ちゃ~ん? こんなところに一人で来たら危ないよぉ~? ここがどんなところか知らないのかなぁ~?」


 その中の一人、体格のいい坊主頭の男が、ワザとらしい猫なで声で話しかけてきた。

 他の連中はニヤニヤと嗤っている。


「もちろん知ってるです。知った上で来たです」

「……へえ?」


 ミラのつっけんどんな返答に、坊主頭は面白そうに口の端を吊り上げた。


「じゃあ、覚悟はできてるってことだねぇ?」


 男たちはミラを取り囲む。

 中には露骨に下卑た視線を向ける者もいた。


「へへへ、よく見たらなかなかの上玉じゃねぇか」

「おいおい、まだほんの餓鬼だろ? お前、ロリコンだな」

「うるせぇよ、オレはあれくらいが一番好きなんだよ」

「おいらはあの半分くらいの年齢が好きだ」

「「「ガチがいた……」」」


 そんなやり取りを交わす男たちを前に、ミラは――――姿を消した。


「「「え?」」」

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