第17話 次からは殺しますので

 監獄都市ゲルゲオス。

 そこはかつて、凶悪犯罪者たちが収容される巨大な監獄であった。


 武装した看守たちによって厳重に管理されており、絶対に脱走が不可能な監獄として知られていた。

 事実、過去には一度も脱獄者を許したことがなく、それが看守たちの誇りだった。


 だがあるとき、一人の犯罪者に扇動される形で、囚人たちが一斉に大暴動を起こした。

 激しい戦闘の末、囚人たちによって監獄は完全に乗っ取られてしまう。

 以来、ここには世界中から悪人たちが集まるようになった。


 その大半が【基本職】である《盗賊》や、その【上級職】だ。

 どこかの国で罪を犯し、逃亡してきた者も多い。


 喧嘩や強姦、殺人などは当たり前。

 幾つものギャングが存在しており、毎晩のようにどこかで激しい抗争が発生している。

 人が死なない日などない。


 ミラが家を出て目指したのは、そんな危険極まりない場所だった。

 十歳の少女が「行きたい」と言い出したら、誰もが全力で止めようとするだろう。


 実際、都市の入り口に辿り着く前に、彼女は悪人面の男たちに囲まれてしまっていた。


「「「え?」」」


 だが彼らが一様に間抜けな声を漏らす。

 突然、目の前の少女が姿を消したからだ。


 そして次の瞬間、後方にいた男が地面に倒れ込んだ。

 その音に気づいて男たちは一斉に振り返る。


 いつの間にか彼らの包囲を抜けたミラが、倒れた男の傍に立っていた。


「なっ?」

「いつの間に移動しやがった……?」


 理解しがたい状況に目を剥く男たち。

 そんな彼らをあざ笑うかのように、再びミラは姿を消す。


 そして再び現れたときには、また別の男が倒れていた。


「一応、どちらも意識を刈っただけです。ですが、次からは殺しますので」


 男たちはようやく得物を構えようと慌てたが、それを制するようにミラは淡々と告げた。

 その殺気はとても十歳の少女のそれとは思えない。


 ――《暗殺姫》。


 それこそがミラに与えられた職業だった。


 普通ならば、【基本職】である《盗賊》から、【上級職】を経て初めて到達することができる【最上級職】だ。

 その暗殺スキルは、たとえ一度相手に見つかっていたとしても己の気配を完璧に消してみせることが可能なほど。


「「「~~っ!」」」


 悪人面の男たちが慌てて得物を地面に捨てた。

 どうやら彼我の実力差を悟れるくらいの知性はあったらしい。

 あるいは動物的な勘か。


「悪かった。許してくれ。少し試させてもらったんだ」


 そんな中、男たちの中から一人、進み出てくる人物がいた。


 年齢は三十か、あるいは四十か。

 若くも見えるし、年を取っているようにも見える。


 細身で背も低く、いかにも下っ端といった雰囲気。

 この悪人面の男たちの中にいては、彼に注目する者はいないだろう。


 だがミラはすぐに悟った。

 この中年男こそがこの一団を率いているのだと。


「おれは言わばこの門の番人。この都市に入るに相応しい奴かどうか、見定める役目を総領から任せてもらっている」

「そうですか。では入って構わないですね?」

「……あんたは文句なしに合格だ。その歳で大したもんだぜ。才能だけならトップクラスだろう。だがな、才能だけで生きていけるほど、この都市は甘くねぇぜ? おれたちなんて可愛いもんだ。ここには頭のネジが飛んだヤバい連中がゴロゴロといやがる。死ぬより恐ろしい目に遭うかもしれねぇ」


 中年男の意外と親切な脅しに、ミラは動じることはなかった。


「望むところです。そうでもなければ、この短期間で強くなるのは不可能です」


 そうして塔の扉へと近づいていく。

 そう、この小さな塔こそが監獄都市への入り口なのだ。


 囚人たちの脱走を防ぐため、監獄は地下に設けられていた。

 唯一の出入り口がこの塔で、壁も扉もすべて破壊不可能なアダマンタイトで作られている。


 扉には鍵がかかっているようだったが、〈開錠〉スキルを持つミラには簡単に開けることができた。


 扉を潜ると、そこは狭い塔の中。

 あるのは地下へと続く螺旋階段だけ。

 ミラは迷わずそれを降りていく。


 その先にあったのは、小さな都市がすっぽり入るほどの広大な地下空間だった。


 囚人たちに占拠されて以降、ロクに掃除もされていないのだろう。

 あちこちにゴミが散乱しており、悪臭が鼻を突く。

 ミラは思わず顔を顰めた。


 道行く人々は大半が男で、見た目からしてまともな人間は少ない。

 いても、腹に一物二物は抱えてそうだった。


 怒声が聞こえて視線を向けてみると、昼間から酔っぱらった男たちが刃物を手にして喧嘩――いや、殺し合いをしていた。


「お嬢ちゃん、こんなところで何をしているんだい?」

「ここは危険だよ? 俺たちが安全な場所まで連れて行ってあげるよ」


 そんな中に少女が一人いれば非常に目立つのは仕方ないが、一分も経たないうちに声をかけてくる者たちがいた。

 下心が丸見えだ。


「……またですか」


 嘆息しつつも、ミラは口端を吊り上げる。


「やはりここなら手っ取り早く腕を磨けそうですね」




 監獄都市ゲルゲオス。

 極悪人ばかりが集い、世界で最も治安の悪い都市。

 ここでは争いこそが日常だ。


 しかしたった一人の少女の来訪が、そんな日常をひっくり返すほどの大騒動を巻き起こすことになるなど、誰も知る由はなかった。


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