第18話 自殺志望じゃないでしょうね
ミラを追いかけて西へ東へ。
俺は現在、〝帰らずの森〟と呼ばれる魔境へとやって来ていた。
他では手に入らない様々な貴重な素材が手に入ることから、数多くの探索者がこの森に挑んでいる場所だ。
だが、ここに棲息する危険な魔物や、方向感覚を狂わせるこの森特有の性質によって、その多くが戻ってこない。
それゆえにこんな物騒な名前が付けられたそうだ。
「まさか今度はあの森に……?」
遠くから見ただけで、森全体が濃密な魔力に覆われていることがすぐに分かった。
ダンジョンといい、俺の妹は一体どれだけ危険地帯が好きなのか。
森から一番近いところにある町で聞き込みを行ったところ、ミラによく似た人物を見たという証言が幾つか得られた。
しかもその中には、彼女が森に向かったというものも含まれていた。
「もちろん止めたんだけどね。どうしてもって聞かなかったんだよ」
町の中でミラを発見できればよかったのだが、やはり見つからなかった。
俺はすぐに森へと向かった。
森の入り口付近に少し開けた場所があり、そこに幾つものテントが並んでいた。
どうやらこの森に挑む者たちのベースキャンプになっているらしい。
ポーションや武具などを売っている露天商の姿もある。
一人で森の中に立ち入ろうとすると、四人組の男女から声をかけられた。
「なぁ、あんた。まさか一人でこの森に入る気か?」
「そうだが」
頷くと、彼らは一斉に笑い出した。
「おいおい、この森の危険度を知らねぇのかよ?」
「ソロでこの森に挑戦するなんざ、命をドブに捨てるようなもんだぜ」
「ていうか、ロクな武具も身に着けてないじゃないの」
「もしかして自殺志望じゃないでしょうね?」
どこか馬鹿にした口調ではあるが、一応は心配してくれているらしい。
「大丈夫だ。これくらいなら平原を散歩するのと変わらない」
ベヒモスがいたバチューダ大平原のことを思い出す。
あそこも魔境と言われる場所だったが、それほど苦労しなかったしな。
森である分、地形的な難易度は上がるだろうが、魔力密度から考えて魔物の強さは大差ないだろう。
彼らは顔を寄せ合うと、ひそひそと話し出した。
「……もしかして凄い実力者だとか」
「……そうは見えないが」
「……どう考えても弱そうでしょ」
「……一応、確認してみたらどうかしら?」
会議が終わったのか、彼らは姿勢を戻して、
「ちなみに職業は?」
「《無職》だ」
「「「は?」」」
これ以上、無駄なやり取りしている暇はない。
俺は呆ける彼らに背を向け、森の中へと足を踏み入れた。
「ちょ、ちょっと待て!? マジで《無職》!?」
「最初の魔物で死ぬぞ!」
「って、いないんだけど!?」
「え? どこ行ったの……?」
追いかけようとしたらしいが、俺はそのときにはすでに数十メートルは進んでおり、見失ったようだ。
「それにしても木が多くて進みにくいな」
〝神空斬り〟で目の前の木や草を切り倒しながら進んではいるのだが、それが足元に積み重なって、結局あまり楽には歩けない。
「焼くか」
魔法で燃やしてしまった方が効率よく歩けそうだと判断した。
「インフェルノ」
ゴオオオオオオッ!
凄まじい炎が噴き上がり、前方の木々が一瞬にして灰と化す。
よし、これなら歩きやすい。
「レインバースト」
延焼を避けるため、完全に火が消えるよう雨を降らせておく。
別にこの森を破壊することが目的ではないしな。
そうして俺はずんずん森の奥へと進んでいく。
『ギャァァァァァァッ!?』
時々悲鳴が上がるが、それは進路上にトレントなどの樹木系の魔物がいたためだ。
森の中は獣系の魔物も多いのだが、まったく襲ってこない。
炎を恐れて逃げてしまったからだろう。
ミラがどこにいるか分からないが、ひとまず森の中心部に向かって真っすぐ進んでいくとしよう。
◇ ◇ ◇
「なんて速さだよ、あいつ!」
「実は凄い実力者なんじゃねぇか?」
「だったら《無職》っていうのは嘘ってこと?」
「どっちにしても放っておけばいいじゃない!」
謎の青年を追いかけ、森に入った彼らは青年の姿を見失っていた。
彼らは冒険者だった。
年齢は二十歳前後。
まだまだ駆け出しの彼らだが、Bランクに昇格したことを機に、この魔境として知られる森に挑もうと、数日前にやってきたばかりである。
それまで順調だったゆえに満ち溢れていた自信が粉々に砕かれたのも、その数日前のことだ。
意気揚々と行ったファーストアタックで、この森の恐ろしさを嫌というほど思い知らされたのである。
密集した木々のせいで動きにくく、何より方向感覚を狂わせてくる厄介なフィールド。
それをまったく苦にしない獣系の魔物との戦闘に大いに苦戦し。
普通の植物に紛れ、いきなり襲い掛かってくる樹木の魔物に幾度も先制を許し。
グロテスクな昆虫系の魔物には、特に女性陣が精神を削られまくり。
それでもBランク冒険者としての矜持が、挑戦を断念することを許さなかった。
そしてこれまでの反省を踏まえ、今度こそと決意を新たに再チャレンジしようとしたところで、単身でこの森に入ろうとしていた青年に遭遇したのである。
「うおっ、熱っ?」
突然、前方から猛烈な熱風が吹いてきた。
まるで太陽でも降ってきたかのような灼熱に、全身から汗が噴き出してくる。
「お、おい……なんだよ、これは……?」
「木が……」
彼らが見たのは変わり果てた森の光景だった。
そこにあったはずの木々が完全に燃え尽き、幅三メートルほどの道ができていたのだ。
「何が起こったの……?」
「み、見てっ、あそこに……」
仲間の一人が前方を指さした。
燃え痕の道が百メートルほど続き、その先にあったのはあの青年の後ろ姿だった。
そして彼らは目撃する。
「インフェルノ」
ゴオオオオオオッ!
その青年が森の木々を一瞬にして焼き尽くす光景を。
「「「えええええええええええええっ!?」」」
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