第19話 あんたが遭難者なんじゃないか

「かなり森の奥まで入ってきたな」


 木々と魔物を焼きながら進むことおよそ一時間。

 俺の背後には長く伸びる灰の道ができあがっていた。


 ちゃんと直線になるようにしたので、この道の上にいる人間がいたら、ばっちり見ることができるだろう。

 運が良ければミラを発見できるかもしれない。


 そんなことを考えていると、すぐ近くから人が飛び出してきた。

 もしかしてミラだろうか。


「ぬおっ!? なんじゃこれは!?」


 全然違った。

 ミラとは似ても似つかない爺さんだ。


 しかもデカい。

 身長は百九十以上あるだろう。

 その上、体格もいい。

 森の中だというのになぜか半袖なので、その発達した二の腕が丸見えだ。


 それにしても随分と臭うな……。

 ボサボサな白髪にボロボロの服と、まるで浮浪者のようだ。


「小僧、もしかしてお主がこれをやったのか?」

「そうだが」

「がっはっは! なかなかやるではないか! だが儂も負けぬぞ! どりゃあああっ!」


 謎の爺さんはなぜか俺に対抗心を燃やし、裂帛の気合とともに拳を突き出した。


 ズゴオオオオオオオンッ!


「おお……」


 思わず感嘆の声が漏れた。


 前方の木々が木っ端みじんに粉砕されて、数メートルにも及ぶ道ができていた。

 恐らく闘気を拳に収束させ、拳打とともに発射させたのだろうが、かなりの威力だ。


「見たか! がっはっはっは!」


 豪快な笑いを響かせる爺さん。


 どう見ても変わり者だが、もしかしたらミラを見ているかもしれない。

 念のため聞いてみると、


「なんと、子供が迷子に!? それは大変だ! 儂も探すのを手伝うぞ!」


 頼んでもいないのに協力を申し出てきた。


「安心せい! すでにこの森のことは知り尽くしておる! なにせ彷徨ってすでに半年だからの!」

「それ、あんたが遭難者なんじゃないか?」

「そうともいうな! がっはっはっは!」


 笑っている場合か。

 というか、道理で臭いわけだ。


 色々と不安な爺さんだが、戦力にはなるだろう。

 幾ら俺の魔力が豊富と言えど、一時間も魔法を使い続けたのだ。

 さすがに枯渇してきており、そろそろ休憩が必要だと思っていたところだった。


 というわけで、道づくり(?)をいったん爺さんに任せ、俺はその後ろを付いていくことに。


「どりゃあああっ! ぬおりゃあああっ! どえっせぇぇぇいっ!」


 怒声を響かせながら爺さんが突き進んでいく。

 時々直線からズレるので微調整が必要だったが、お陰で俺は力を温存しながら森の奥へ入っていくことができた。


 と、そのとき。


「キシャアアアアッ!」


 茂みの中から突然、謎の生き物が飛び出してきた。

 そのまま牙を剥いて爺さんに躍りかかる。


「ぬおっ!? ふんっ!」


 爺さんは一瞬慌てるも、さすがの反応でそれを殴り飛ばした。


「ギャッ!?」


 それは木の幹に激突して悲鳴を上げる。


 大きさは人間の子供やゴブリンぐらいか。

 四肢があり、丸まった背中と小ぶりな頭部。

 そして闇のオーラのようなものを纏っていて――


「って、こいつは……」


 見覚えがあった。

 ダンジョンの下層で遭遇したやつだ。

 あれと同種の魔物だろうか?


 謎の魔物は再び爺さんに襲いかかった。

 爺さんは応戦する。


「ふぬっ!」

「ギェッ!」

「おおうっ!」

「シャァッ!」

「どっせいっ!」

「ギュァッ!」


 あのダンジョンで遭遇したやつよりちょっと強いかもしれない。

 それでも戦いは互角か、少し爺さんが優勢といったところだ。


「むっ! 逃げる気か!」


 このままでは勝てないと判断したのか、その魔物は突然、踵を返して逃走しようとした。


「させないぞ」

「ッ!?」


 放っておくとミラの身にも危険が及ぶ可能性があるので、俺はその魔物の逃走経路に立ち塞がった。

 踵落としを頭部に食らわし、顔から地面にめり込んだところへ魔法を放つ。


「インフェルノ」

「ギャァァァァァァッ!」


 炎に全身を焼き尽くされながら断末魔の声を響かせる謎の魔物。

 そのまま灰となった。


「がっはっはっは! 何とも見事な踵落としだったぞ!」


 爺さんが嬉しそうに駆け寄ってくる。


 一応、《剣拳士》のスキルを一通り覚えているからな。

 爺さんのような専門の格闘家には及ばないが。


「魔法使いは貧弱な輩ばかりと思っておったが、お主のような者もいるのだな! がっはっはっは!」








 それから爺さんとともに森を突き進むこと数時間。


 さすがにこんな奥まで入ってきていないだろうと判断して、俺はいったん引き返すことに。

 綺麗な直線になるよう道を作ってきたので、迷う心配はない。


「む? そうか? お主とならば森の主も倒せると思ったのだが」

「森の主?」


 この爺さん、俺が人を探していることをすっかり忘れているような気がしたが、気になるので聞き返した。


「うむ。その名の通りこの森を支配しているという魔物だ。一説によれば神話級の――ぬぉっ?」


 突然、爺さんが不自然な動きですっ転んだ。

 一体どうしたのだと問おうとして、俺は咄嗟にその場から飛び下がる。


「枝?」


 俺の足を掠めたのは、十センチほどの太さがある木の枝らしきものだった。

 よく見ると爺さんの足にそれが絡みついている。


「ぬおおおっ!?」


 森の奥へとその枝に引きずられていく爺さん。

 再び絡みつこうとしてくる枝を赤魔法で燃やしつつ、俺は爺さんを追いかけた。


 そして――


「っ……」


 木々が密集したこの森の中では珍しく少し開けている場所に出たのだが、そこにあったのは塔のように高く聳える大木だ。

 幹の幅は十メートルを軽く超えているだろう。


 その化け物のような大木には、洞でできた顔があった。

 恐らくトレントの一種なのだろうが、これほど成長するのにどれだけの年月を有したのか、想像もできない。


 こいつが恐らく爺さんが言っていた森の主だろう。


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