第20話 あまり森を破壊しないでね

『……我ガ森ヲ、荒ラスハ、貴様ラカ……許サン……』


 枝葉をバサバサと震わせる巨大トレント。

 どうやらかなり怒っているらしい。


 よく考えたらめちゃくちゃ森を破壊してしまったしな。

 そりゃ森の主が怒るのも当然だろう。


「うおおおっ!?」


 枝で宙吊りにされていた爺さんが、幹にぽっかり空いた洞の中へと放り込まれる。

 そして洞が閉じてしまった。


「食べられた……?」


 トレントは近づいてきた小動物などを捕えて食べるという話を聞いたことがある。

 恐らく食虫植物のように消化能力も持っているだろう。

 すぐに助けないと爺さんが溶けてしまう。


『死ネェ……』


 巨大トレントが枝を伸ばして攻撃してきた。

 まるで矢のごとく迫る鋭い枝を、俺は身体を捻って回避。

 枝は地面を深々と抉った。なかなかの威力だ。


 迫りくる枝は一本だけではなかった。

 無数の枝が次々と襲い掛かってくる。


 ズバズバズバズバズバズバズバズバズバズバッ!


 剣で枝を斬り裂いて防ぐ。

 だが斬っても斬っても枝の嵐が止むことはない。

 よく見ると、斬った傍から枝が伸び、再び鋭利な槍と化して襲来していた。


 さらに地面からも枝が飛び出してくる。

 いや、枝ではない。

 これは根だ。


 上下左右から間断なく迫る数十、いや、数百もの枝に、さすがに手数が追いつかない。


「――パーマフロースト」


 極寒の冷気が周囲にあるものすべてを氷結させた。

 もちろん枝や根も凍りつき、完全に停止。


 さらに俺は、このままあの巨大トレントごと凍らしてやろうと最大魔力を込めた。

 中にいる爺さんも一緒に凍ってしまうかもしれないが、まぁ短時間なら心配ないだろう。丈夫そうだしな。


『アアアアアアアッ……』


 巨大トレントが苦しんでいる。

 しかしその巨大な幹を高速で揺らし始めた。

 ガサガサガサと葉が強く擦れ合う音が響く。


 先ほどまで凍っていたはずの枝や根が少しずつ動きを取り戻し始めた。

 なるほど、摩擦で熱を発生させたのか。

 木のくせに賢いな。


 だったら、火魔法で燃やして――いや、それはさすがに中にいる爺さんが死ぬか。


 さらに枝葉を揺らしたことで、木の上から何かが地面に落ちてくる。

 木の実だ。


 足元に転がったそれらからは甘い香りが漂ってくる。

 いい匂いだ。

 なんだか心が落ち着き、眠くなってくるような……。


「っ!」


 はっと我に返り、俺はその場から大きく飛び退いた。

 一瞬遅れて、無数の枝や根が俺のいた場所を一斉に貫く。


 危なかった。

 あの木の実、眠気を誘う物質を発しているようだ。

 俺は緑魔法を使って風を起こし、その香りを吸わないようにする。


 木の上から落ちてきたのは実だけではなかった。

 巨大なイモムシやカミキリといった昆虫系の魔物だ。


 自分たちの家を護るためか、それらが一度に襲い掛かってきた。

 転がってくるイモムシを蹴り飛ばし、大顎を開いて飛んでくるカミキリを剣で叩き落とす。


 さらには復活した枝や根の猛威と、近づくことすらできない。

 このままでは爺さんが消化されてしまう。


 と、そのとき。


 ズドォォォンッ!

 ズドォォォンッ!

 ズドォォォンッ!


 どこからともなく響いてくる爆音。

 トレントが苦しみ出す。


『オアアアアアッ!?』


 先ほど爺さんが食われた場所が大きく盛り上がったかと思うと、


「どりゃああああああっ!」


 雄たけびとともに木肌が弾け飛び、中から爺さんが飛び出してきた。


「ふう、危ないところだったわい! がっはっはっは!」


 自力で脱出してくるとは、やはりとんでもない爺さんだ。


 ただ消化液で服が溶けてしまったようで、全裸になっている。

 見たくないものを見てしまった……。


 ともかく、これで爺さんの身を案じて加減する必要はなくなった。


「エクスプロージョン」

『~~~~ッ!?』


 猛烈な炎を伴った爆発が巨大トレントを襲う。

 よし、やはり樹木だけあって赤魔法が効くようだ。


 俺はさらにエクスプロージョンを連発しようとしたそのとき、


『やめて!』


 小さな影が俺の前に飛んできた。

 背中に透明な翅が生えているが、人間の子供のような姿をしている。


「……精霊?」


 どうやら彼女はこの森に住む木の精霊――ドリアードらしかった。

 巨大トレントとはずっと昔から共生関係にあるのだという。


『あの子は森の秩序のためにも必要なの……。だからお願い、あの子を殺さないで……』


 涙目で訴えてくる。

 それを聞いた爺さんは相変わらずの大声で笑って、


「がっはっは! それは悪いことをしたの! ならば我らは早急にここから去ろう!」


 食べられそうになったことはまったく気にしていないらしい。

 ちなみに今はその辺に落ちていた葉っぱで股間を隠している。


『ありがとう! えっと、君は……』

「まぁ別にそのために来たんじゃないし、俺も構わないが。それより人間の女の子を見なかったか? これくらいの背丈で俺と同じような髪色の」

『うーん……見てないかな? でもちょっと待ってて。他の子にも訊いてみるから』


 木の精霊はしばらく何かと交信するように目を瞑っていたが、やがてパチリと瞼を開くと、


『ごめんなさい。森中の子たちに訊いたけれど、誰も見てないみたい』

「本当か?」


 ドリアードはこの森の至るところにいるという。

 彼らが見ていないというのなら、ミラはそもそもこの森に立ち入ってはいないということか?


 どういうことだと首を傾げながらも、俺は爺さんとともに来た道、というか、作った道を引き返すことにした。

 ちなみにドリアードからは『あまり森を破壊しないでね……』と言われてしまった。


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