第21話 知ってる反応だな

「じゃあ、俺はこれで」

「がっはっは! ぜひまた会おうではないか、若人よ!」


 去っていく青年を見送りながら、巨漢の老人――フンバはぶんぶんと手を振った。


 彼の年齢はとっくに六十を超えている。

 だがその肉体は衰えることを知らず、今なお修行のために世界各地を転々と旅していた。


「しかしあれほどの若者に会うとは、まだまだ世界は広いのう! がっはっは!」


》に至ってから、彼の強さは人の次元を超越していた。

 そのため彼の修行相手はもっぱら魔物や自然だった。


「だがそんな儂でも瞬時に悟った。あやつには勝てぬ、と」


 何十年かぶりにそんな人間に出会い、フンバは上機嫌だった。


 それにあの青年に対して、なぜか親近感が湧いていた。

 初対面という気がまるでしなかったのである。

 とはいえ、会った記憶はまったくないのだが。


「そういえば、孫もあれくらいの年齢になっているかのう?」


 彼には一人娘がいて、彼が知る限り二人の子供を産んでいた。

 最後に会ったのはもう十年、いや、二十年も昔のことで、当時はまだ二人目が生まれたばかりの頃だ。


 夫が貧弱な魔法使いということもあり、結婚に反対していた。

 そのため彼は娘一家とは疎遠になってしまっている。


「久しぶりに会いに行ってもいいかもしれぬのう。儂のことなど覚えておらぬだろうが」


 ふとそんな気持ちになって、フンバは娘一家が住む町の方角へと足を向けた。

 だが、それは五十度ぐらいズレていた。


「……こっちだったか? いや、こっちか? うむ、間違いない! 太陽の反対側に向かえばよかったはずだ!」


 自信満々で言うが、残念ながらズレは九十度にまで拡大していた。


 本人は気づいていないが、フンバは重度の方向音痴だった。

 彼が無事に娘一家のところに辿り着くのは一年後のことである。



    ◇ ◇ ◇



「ふむ、この辺にあるはずなんだが」


 帰らずの森という魔境を出てから、およそ二か月。

 俺は荒野へとやってきていた。


 岩と土だけの荒れた大地が延々と広がるだけで、都市らしきものはまったく見当たらない。

 本当にこんなところにあるのだろうか。


 監獄都市ゲルゲオス。

 俺が探しているのは、世界で最も治安が悪いと言われている都市だった。


 元々は凶悪犯罪者ばかりを収監する監獄だったらしいのだが、囚人たちが反乱を起こして監獄を乗っ取ってしまったという。

 当初は周辺都市が協力して奪還を試みたが、いずれも失敗に終わってしまい、現在は完全に放置されているそうだ。


 お陰でこの都市に逃げ込んだ犯罪者はもはや捕まえることができないし、世界中の犯罪組織の拠点になっているという。


「……ダンジョンや魔境といい、やはりミラは危険地帯大好きっ娘になってしまったのか……」


 もちろんミラの足跡を追って辿り着いたわけだが、妹の変化に俺は兄として戸惑いを隠せない。


 荒野を進んでいくと、謎の建造物を発見した。

 何の変哲もない簡素な外観の小さな塔だ。

 しかしこのような荒野のど真ん中にあるということに強い違和感を覚える。


 そのとき、先ほどから感じていた複数の気配が、隠れていた岩場の陰から姿を現した。

 盗賊か、ギャングか、いずれにしても堅気ではない連中だ。


「よお、兄ちゃん。ここがどんな場所か知って来たのか?」

「ああ。監獄都市なるものがあると聞いてな」

「へっ、そうかい。それならその塔の下にあるぜ」

「下?」

「元々は監獄だからよ。囚人が逃げられねぇよう地下に作られてんだ」


 なるほど。

 道理で見渡す限り都市らしきものがないわけだ。


「じゃあ入り口はここか」


 俺は塔に設けられた唯一の扉へと近づいていく。

 だがその前に男たちが取り囲んできた。


「生憎と、ここはあんたみたいな人間が入れる場所じゃねぇ。この都市への入場が許されてるのは俺たちみたいな表世界じゃ生きられない人間だけだ。もっとも、ってなら話は別だけどなァ?」

「そうか」


 俺は無視してすり抜けると、扉を開こうとする。


「なっ」

「おい、無視するんじゃねぇよ!」


 怒って何人かが殴りかかってきたが、羽虫でも追い払うように軽く腕を振ると吹き飛んでいった。


「……は?」

「こいつ今、何しやがったんだ……?」


 しかし扉を開くには、この鍵のかかった錠前をどうにかしなければならないらしい。


「誰かこの鍵を貸してくれるか?」

「「「ひっ」」」


 軽く闘気をぶつけてみると、何人かがその場に尻餅をついた。

 そうでない者たちもぶるぶると身体を震わせ始める。


「何なんだ、こいつ……?」

「ど、どこがまっとうだっ? よっぽどやべぇだろ!」


 そんな中、後ろの方にいた男が前に出てくる。


 子供なら怖がって逃げそうではあるが、この悪人面たちの中では一般人に、あるいは下っ端に見える。

 しかしそれは見た目だけ。

 俺の闘気を浴びてもあまり動じていないことから、それなりの修羅場は潜っているのだろうと思わせた。


「あんた一体、ここに何の用だ? 見たところ犯罪に手を染めた人間でも、《盗賊》や《殺し屋》、《詐欺師》といったいわゆる【悪党職】って感じでもない。ただの興味本位ってならとっとと帰ってくれ」

「妹を探しているんだ」

「……妹、だと?」


 訝しそうに片眉を上げる男へ、俺は教えてやる。


「ミラという名の女の子を知らないか? 十歳のとても可愛い子だ」

「っ」


 一瞬、男の肩が跳ねたのを俺は見逃さなかった。


「知ってる反応だな」

「……ああ、もちろん知ってるぜ」


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