第13話 真の剣士は剣がなくても敵を斬れるものだぞ

 ……どうしてこうなったのでしょうか。


 私の名はヒイラギ。

 皇国八将軍であらせられる《忍姫》クレハ様の配下です。

【上級職】の《上忍》である私は、その実力を買われ、今回の任務を任されました。


 相手は女皇陛下の弟君ですので、失敗は許されず、事前にサクラを雇ってまでしっかりと準備を整えました。


 しかし本来は誘導のみで終わる予定でしたが、無理やり拉致される形で、妹君の捜索を手伝う羽目になってしまいました。

 しかも各フロアを虱潰しに探し回るという途方もない方法です。


 そもそも妹君はこのダンジョンにいないのです。

 それを知っている私は今すぐ家に帰りたいのですが、今さら逃げるわけにはいきません。

 なんとも無意味なこの捜索活動を続けるしかないのです。


 ですがそれはまだマシであったことを、私はこれから痛感させられることになるのでした。


「よし、ダンジョンコアを破壊してしまおう」

「いやいや、ここ、世界最大級とされてるダンジョンですよ!?」


 弟君が突然、意味不明なことを言い出しました。


 このダンジョンを攻略する?

 絶対無理ですって!


 聞いた話によれば、現在の最高記録は四十階層。

 ここより四倍近くも深いのです。

 それでもまだ最下層には届かず、終わりがどの程度なのかも分かっていません。


 それにダンジョンは一般的に深く潜れば潜るほど、罠も魔物も強力になっていきます。

 本気で攻略しようとするなら、大規模なパーティーが必要でしょう。

 なのに私たちはたった二人です。


 必死に訴えたのですが、まったく聞く耳を持ってくれません。

 それどころか弟君はどんどん下層へと潜っていきます。


 どんどん、どんどん、どんどん下層へ――


 いやいや早くないですか!?

 というか、下層に行くほど早くなっていってる!?


「……さっきからおかしくないですか? 全然迷ってないですよね?」

「何となくどっちが正しいルートか分かるようになってきた」

「え?」


 それって何のスキルですかね?

 聞いたことないんですけど。


《上忍》の私でも、周辺のマップは理解できても、ゴール地点が見えるまでは正しい道順なんてまったく分かりません。


「あと〝探知〟スキルが使えるようになってきた」

「はい?」

「あそこを右に行くと袋小路になってて魔物がいるだろ」

「えええっ? なんで分かるんですか!?」

「魔力や空気の流れとか、音の反響具合とか、そういうのを感じ取れば意外と簡単だぞ」


 かんたん……?

 どうやら私の知ってる簡単という言葉とは違うようです。


 弟君の噂はかねがね伺っていました。


 曰く、《無職》なのになぜかスキルや魔法を使うことができる。

 曰く、《無職》なのに皇国八将軍が手も足も出なかった。

 曰く、《無職》なのに単身で皇宮に乗り込んできて、女皇陛下を殴って帰っていった。


 正直、「いやいやいくら何でもそんな人間いるわけないでしょ」と思っていました。

 どうやら私が間違っていたようです。


 この人、ヤバいです。


「今さらですけど、何でさっきから魔物が勝手に死んでいくんですか……?」

「俺が斬っているからだが?」

「五十メートルくらい先の魔物をどうやって斬ってるんですかっ? だいたい剣なんて持ってませんよね?」

「真の剣士は剣がなくても敵を斬れるものだぞ」


 まったくもって意味が分かりません。


 そんなやり取りをしながら進んでいると、突然、目の前に巨大な穴が現れました。

 完全に道が途切れていて、反対側まで二百メートル近くあるでしょうか。

 穴の下はどこまで続いているのか、真っ暗で何も見えません。


「これじゃあ進めませんね……」


 さすがにこの常識知らずの弟君でも、こんな大きな穴があることまでは分からなかったようです。

 私が何となく安堵していると、


「ん? 進めるぞ」


 そう言って、彼はそのまま穴目がけてジャンプしました。

 ……は?


「ななな、何やってるんですかああああああああっ!?」


 馬鹿ですか!?

 死ぬ気ですか!?

 死ぬなら他人を道連れにしないで一人で死んでくださいよ!


 そう心の中で散々罵倒してから気づきました。

 まったく落ちていく気配がないのです。


「と、飛んでる……?」


 飛行魔法を使えるんですね……。

 だったら言っておいてくださいよ……寿命が縮まったじゃないですか……。


 やがて何事もなかったかのように対岸に着地しました。


 その後も弟君は物凄い速さで各階層を踏破していきました。


「ここを右で三つ目の角を左、それから百メートルくらい真っ直ぐ進んで、右手にある細い通路を行けば、その先に階段があるな」

「だから何でそんなことが分かるんですか……」


 実際その通りでした。

 距離にして五百メートルはありましたよ?


 というか、明らかに精度が上がってきているんですけど。

 もはや〈千里眼〉スキルじゃないですか……。


 いえ、さすがにそれは言い過ぎかもしれません。

 なにせ〈千里眼〉は、幻とされる【超級職】の《忍神》とか《賊神》が使えるというスキルですから。


「〈千里眼〉?」

「は、はい。なんでも、千里先をも見通せるのだとか」

「へー、そんな便利なスキルがあるのか。習得してみたいな」

「習得て……」


 普通なら荒唐無稽だと笑ったことでしょう。

 ですがこの人なら本当にやってしまいそうで怖いです……。

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