第18話 お前を殺して俺も死ぬ

 どうやら緑の学院では、飛行魔法の熟達具合を図るという目的で、定期的に〝レース〟なるものが開催されているらしい。

 空を飛んで特定のコースを回り、ゴールするまでの速さを競うそうだ。


「最初のレースは二か月後ですが、あなたたち一年生でもまともに飛ぶことさえできれば、誰でも参加することができます。今から参加者を募っていますので、希望者は私の研究室まで来てください」


 ちょうど話題に上がったからと、指導教官が詳しく教えてくれる。


 レースにはファーストグレードだけでなく、セカンドグレードの学生たちも参加するという。

 一年目で優勝するのはまず不可能だそうだが、


「オレは《魔術師》になってからずっと飛行魔法ばかり練習してきたんだ! 絶対に優勝してやるぜ!」


 先ほどの少年は堂々と宣言している。


「面白そうだな。俺もレースに参加しよう」


 まだ飛べないが。


「はははっ! お前、今のちゃんと聞いてなかったのかよ! 最低限まともに飛べることが参加の条件なんだぞ!」

「二か月あれば十分だろう?」

「おいこら、飛行魔法を舐めんじゃねぇぞ? 浮くだけならそれほど難しくねぇけど、そっからが大変なんだ! オレだって半年はかかったんだぜ!」


 言い合っていると、教官が仲裁するように、


「ま、まぁ、初心者も恐れずに応募してみてください。目標があった方が上達しやすいですし、難しければ直前でもキャンセルできますので」




 黄の学院の授業も他と似たようなものだった。

 しばらくは誰かからノートを見せてもらう必要はなさそうだ。


 黄魔法は大きく土魔法と錬金魔法とに分かれる。


 少々ややこしいが、〝土〟と謳いながら土魔法でも金属を扱う。

 主に林業や建設業などで使われることが多く、街や村の周囲を囲い、魔物などの侵入を防ぐ壁も土魔法で作られているし、河川に架けられた橋なども土魔法によるものだ。

 ただし青魔法で水をゼロから生み出すのと違い、そこに存在している土や金属を利用するのが土魔法なので、材料が必要だった。


 対して錬金魔法は、ありふれた金属を使って貴重な金属を生み出す魔法である。

 どんな金属を材料にどんな術的処理をすれば貴金属になるのかという研究が、ここ黄の学院では日夜行われているという。

 卒業したら鍛冶工房に就職する者も多いとか。


 ファーストグレードでは土魔法も錬金魔法も学ぶそうだが、セカンドグレードになればいずれかを専門にするらしい。

 ……俺はゴーレムを作りたいと思っているのだが、どっちを専門にすればいいだろう?


 ちなみに黄の学院では、赤の学院に次いで男子生徒の割合が多かった。

 地味な印象もあるし、女子には人気がないのだろう。




 続いて白の学院。

 これも最初はかなり初歩的な授業のようだ。


 黄の学院とは対照的に、青の学院以上の女子率で、同じ授業を受けている男は俺の他に一人しかいない。

 俺は毎回出席できるわけではないので、いないときは彼一人になるらしく、「ちゃんと授業を受けましょうよぉ~」と涙目で訴えられてしまった。


 白魔法における三大魔法は以下の三つだ。


 光魔法。

 身体強化魔法。

 治癒魔法。


 光魔法はその名の通り、光を発生させる魔法だ。

 明かりとしても使えるのだが、この光には汚れなどを浄化する効力もあって、汚染水を飲料可能な水に代えたり、身体を綺麗にしたりすることができたりする。

 あと、アンデッドモンスターにも効く。


 身体強化魔法も名前の通り。

 一時的に筋力や体力、敏捷能力などを引き上げる魔法である。

 もちろん自分自身に使うこともできるが、そもそも魔法使いのような後衛職はフィジカル的に弱い場合がほとんどなので、強化されてもたかが知れている。


 なので、もっとも有効なのは前衛職にかけることだった。

 その効果は大きく、白魔法の使い手を加入させている有名な冒険者パーティも多い。

 光魔法も冒険する上では何かと役に立つしな。


 治癒魔法については、加護が存在するため必要とされる場面は少ない。

 加護が切れてしまった場合の応急処置くらいだろうか。

 加護を持たない動物などには使えるため、獣医になる白魔法使いもいる。怪我をした馬車馬の治療など、獣医の需要はそれなりに多い。




 黒の学院では授業自体が存在しない。

 ファーストグレードとかセカンドグレードといったものも曖昧なようで、最初から完全に放任状態である。


 だが俺にとっては、簡単過ぎる授業を聞かなくて済むからかえって楽だな。

 自分で好き勝手に勉強していこうと思う。


 事務室の骸骨によれば、学院の施設は自由に使っていいらしい。

 校舎には空き部屋も多く、それを研究室にして構わないとのことだったので、俺は適当な部屋を探すことにした。

 中から声がするトイレや、キメラを作っている女の部屋からはできるだけ遠いところがいいな。


「ふむ。ここは空いてそうだ」


 誰も使ってなさそうな部屋を見つけ、ドアを開けて中を確かめてみる。


『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね……』

『お前を殺して俺も死ぬ』

『世界よ滅びろ』


 ――部屋の壁という壁に、真っ赤な字で呪詛のような言葉が大量に書き殴られていた。


「……この部屋はやめた方がよさそうだな」


 そっと閉じて、次の部屋へと向かう。


「ここならよさそうだ」


 やがて見つけたのは、二階の角にある部屋だった。

 床には埃が溜まり、天井に蜘蛛の巣が張っていたりするが、問題なく使えそうだ。

 前の利用者が残していったのか、ソファや本棚なんかもある。


 とりあえずこの学院における拠点を見定めたが、掃除は後回しだ。

 掃除道具が必要だしな。学院内にあるだろうか?


 それから俺はあの骸骨が言っていた図書館へと足を運んだ。


「これはすごいな……」


 中に入ると、思わずその蔵書数に圧倒されてしまう。

 何冊くらい収蔵しているのか、パッと見では分からないが、数万は確実にあるだろう。

 誰かがちゃんと掃除しているのか、意外にも館内は綺麗だった。


「とりあえず右端から順番に行くか」


 せっかく自由に読めるんだし、全部読んでみよう。

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