第17話 簡単に覚えられると思うのだが
ともかく、授業が始まった。
……ふむ。
それにしてもまずは魔法文字からとは、随分と初歩的なところから学んでいくのだな。
魔法文字なんて基本中の基本だ。
この文字の組み合わせが単語を作り、単語の組み合わせが術式を作るのだから、魔法使いであればすでに完璧に頭に入っていて当然の部分だろう。
しかし続く説明に俺は納得した。
「君たちの中には魔法文字や文法をしっかり覚えていない者も多いだろう。スキルのお陰で、たとえ知らなくとも魔法を使うことができるからな。だが、より高度な魔法を使えるようになるためには、これらについての深い理解が必要になってくる」
そういえばそうか。
一から術式を作らないといけない俺とは違うのだったな。
まぁしかし、大して難しいものではない。
単に覚えるだけだ。
「もちろん簡単に覚えられるものではない。なにせ、魔法文字は全部で百個以上もあるのだからな」
……百個くらい、簡単に覚えられると思うのだが?
俺は確か初日でほぼすべて覚えた気がするぞ。
軽く周囲を見渡してみる。
生徒たちの大半が難しい顔をして、黒板に書かれた魔法文字を睨んでいた。
俺の隣の席に座るカイトもそうだ。
「うへぇ、こんなにたくさん覚えなきゃなんねぇのかよ……」
いや、魔法文字くらいで躓いてどうするんだ。
魔法文字の組み合わせで生まれる〝単語〟の方は、ゆうに千を越えるんだぞ?
ちなみに魔法文字も単語も文法も、魔法の種類によってそれぞれ異なっている。
なので赤魔法の魔法文字を青魔法で使うことはできない。
そして実を言うと、赤魔法は比較的、術式を使いこなすのが簡単な魔法だった。
一番大変なのが黒魔法だな。
なにせ魔法文字が三種類もあるのだ。
この術式の難解さも黒魔法が人気のない理由の一つなのかもしれない。
青魔法の授業も似たようなものだった。
最初は初歩の魔法文字から。
赤魔法はひとつひとつの文字が意味を持つ表意文字だったが、青魔法は表音文字だ。
そのため魔法文字の数は少ないが、その組み合わせで作られる単語の数は赤魔法より遥かに多かった。
「ねぇ、あなた本当に本気で六つの学院に通うつもりなの? 正直、一つだけでも大変だと思うんだけど……」
と、心配してくれるのはクーファだ。
「まぁノートくらい見せてあげてもいいけど……」
「助かる」
とはいえしばらくは勉強済みの内容が続きそうだし、必要ないだろうけどな。
緑魔法の授業はコレットと一緒だった。
「ふぇぇぇ……こんなに覚えられないですよぉ……」
彼女も魔法文字を覚えるのに苦戦していた。
赤と青の学院では、実技の授業で特筆すべき点はなかったが、緑の学院では俺にとって少し面白い授業があった。
飛行魔法についての授業だ。
緑魔法使いの三大就職先は、農家、船乗り、そして輸送業。
この輸送業に必須とされているのが、大気を操って空を舞う飛行魔法なのである。
地上を進むより遥かに速く、しかも安全に移動できるということで、手紙や軽い荷物などの運搬に適しているのだ。
そうした仕事に就かないにしても、空を飛ぶことができるようになれば色々と便利だろう。
俺は飛行魔法に関してはまったくの初心者だった。
どんなふうに術式を組めばいいのかも知らない。
俺には必要ないと思ったのか知らないが、父さん、教えてくれなかったからな。
いや、そうか、父さん高所恐怖症だから……うん、自分自身が使えないから教えることもできなかったんだろう。
「まず、上昇気流によって身体が浮き上がっていくイメージをしてください。鳥の翼のように両腕を左右に大きく広げれば、よりイメージしやすいかと思います」
と教官が指導しているが、これはスキル持ち向けのものだな。
スキルを有していると、起こしたい現象を強くイメージすることによって、自然と脳内に必要な術式が描き出されていくからだ。
実際、それだけで身体が宙に浮かんだ生徒たちが何人もいる。
「わっ……す、すごいですっ……本当に飛べ――って、ひゃうっ!?」
コレットは空中でバランスを崩して落下し、地面に尻餅をついていた。
その様が滑稽だったからか、周囲から笑い声が聞こえてくる。
恥ずかしそうに顔を赤くするコレット。
しかし失敗はしたが、練習を繰り返していればそのうち上手く飛べるようになりそうだ。
一方、俺は彼女たちのようにはいかない。
スキルを持たない俺は、イメージしても術式なんて出てこないしな。
「ふむ。上昇気流か。ならばこんな感じで術式を……いや、もう少し弱くしないと吹き飛んでしまいそうだな。……こんなものか?」
俺は自分で術式を組んで、発動させてみた。
「よし、これ――っ!」
身体が浮き上がった直後、重心とのズレがあったのだろう、上昇気流が回転のための力へと転じ、俺は凄まじい勢いで上下逆さまになっていた。
頭から地面に激突する。
「……なるほど。失敗だな」
加護のお陰でまったく痛くないが、逆さまになったまま反省する。
上向きに気流を生み出すだけでなく、しっかりバランスを保つために、身体を支えるような形で四方から内側に向かうような気流を同時に発生させた方がよさそうだな。
「ははははっ! 何だ今の! 見たかっ!? さっきの尻餅も酷かったけどよ、こんな失敗の仕方する奴、初めて見たぜ!」
大きな笑い声が響いた。
身体を元に戻しつつ、俺はその声の方向へと視線を転じる。
小柄な少年が腹を抱えて笑っていた。
「あー、面白れぇ……。にしても幾ら初めてだからって、どいつもこいつも下手くそ過ぎだろ。よし、このオレが手本を見せてやるぜ!」
少年はそう言って、誰も頼んでいないというのに飛行魔法を使ってみせた。
小さな身体が空へと飛び上がったかと思うと、すいすいと空中を泳いでいく。
さらには宙返りまで決めてみせる。
ふむ。自信満々なだけあって、なかなか上手いな。
一頻り宙を舞ってから、少年は勝ち誇った顔で降りてきた。
「どうだっ! 飛行魔法なら誰にも負けねぇぜ! レースでも優勝してやらぁ!」
……レース?
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