第3話 千本欲しい
「なるほど。魔力が枯渇すると人は気を失うのか」
自室のベッドの上で目を覚ました俺は、急に失神してしまったことをそう結論づけた。
「つまり、微量だろうと人間には魔力が必須であるということだな」
そう考えると、魔力はあらゆる人に宿っているとみて間違いなさそうである。
「魔力を消費するにしても、限界ギリギリまででやめておかなければならないか」
毎回訓練の度に気絶していては非常に効率が悪い。
どうやら半日近く眠っていたようで、すでに外は夕方になっていた。
「にいさま……もうどこにも、いっちゃだめなのです……むにゃむにゃ」
お腹の辺りにまた柔らかな感触がある。
朝とまったく同じように、ミラが俺に抱きついて眠っていた。
恐らく俺を看病しようとしてくれたのだが、その途中で眠くなってしまったのだろう。
本当に可愛い妹だ。
随分と寝ていたこともあって、魔力の方はほぼ回復している。
だが、
「……まったく増えている感覚はないな」
まぁたった一回だ。
そんなものだろう。
それから俺は魔力の使用を繰り返した。
完全に枯渇する一歩手前まで使い切り、回復を待ち、再び使う。
そうして、一週間。
「……まるで増えている感覚がないな」
まだたったの一週間だし、仕方がない。
しかし一つ、致命的とも言える点に俺は気づいてしまった。
「魔力というのは回復するのが異常に遅いんだな」
筋肉であれば加護のお陰であっという間に修復するので、連続して筋トレをすることが可能だった。
だが魔力は加護では回復しない。
何度も繰り返していると回復速度が上がるかもしれないが、とにかく効率が非常に悪い。
これでは魔力を増やすという最初のステップだけで、一生かかってしまうぞ。
「あれを使うか」
俺は町のとある店へ向かった。
こじんまりとした店内には、様々なアイテムが所狭しと並んでいる。
アイテムショップである。
「あれ、アレルちゃんじゃないか。今日は何の用だい?」
店の店主のおばちゃんが親しげに声をかけてくる。
家の近所ということもあって、小さい頃から面識があるのだ。
親に頼まれてお使いに来たこともあるしな。
「マナポーションを買いにきた」
マナポーションというのは、魔力を回復させるための飲み薬だ。
自然に魔力が充填されるのを待つのではなく、こいつを使って効率よく魔力の増大を試みるつもりだった。
「お父さんから頼まれたのかい?」
「そうじゃない。俺が使うんだ」
「……アレルちゃん」
おばちゃんは物凄く悲しそうな顔になった。
間違いなく何か勘違いしているな。
訂正するのも面倒なので、俺はとっとと注文した。
「千本欲しい」
なぜかおばちゃんが泣き出してしまったんだが。
「……やっぱり噂は本当だったんだね……。おばちゃんはアレルちゃんの味方だよ……だから一本や二本だったら幾らでも譲ってあげる。だけどね、幾らおばちゃんでも、千本は……」
「心配は要らない。ちゃんとお金はある」
マナポーションは高価だ。
到底、千本も買うお金などないと思っているのだろう。
だが俺には剣の都市で稼いだ大金があった。
一括で支払うことが可能だ。
千本分の代金を計算して、カウンターに大量の金貨を置いた。
おばちゃんの目と口が大きく見開かれる。
「これでちょうどのはずだ。恐らく千本も在庫はないと思うが前払いしておく」
「あ、あ、あ……」
おばちゃんはぶるぶると全身を震わせ、いきなり怒声を響かせた。
「アレルちゃん! 盗みはダメだよ!? お父さんとお母さんがどれだけ悲しむと思っているんだい!?」
どうやら盗んだ金だと思ってしまったらしい。
しかし大声を上げた後、おばちゃんはハッとしたような顔になって、
「ああ、ごめんね……おばちゃん、大きな声を出しちまって……そうだよね、辛かったんだよね……あんなに良い子だったアレルちゃんでも、非行に走ってしまうくらいに……」
「いや盗んでないぞ。あと、俺はぐれてないからな」
「女神様、どうしてこの子にこんな惨い試練を……」
訂正するも、おばちゃんは女神様に祈りを捧げはじめ、まったく聞いちゃいない。
この後ちゃんと俺が自分で稼いだ金だと納得してもらうのに、一時間もかかってしまった。
マナポーションのお陰で効率が劇的に改善された。
魔力が減るたびに飲み、回復するなりすぐにまた魔力を使う。
その繰り返し。
幸い俺の魔力量は乏しいので、マナポーションを一口飲むだけで十分に全快してくれた。
そうやって魔力を増やす挑戦を続けていたある日のこと。
おばちゃんの店に新しく入荷したマナポーションを取りに行き、家に帰ってくると、ドアの前で妹のミラが誰かと押し問答していた。
「おひきとりくださいです。にーさまはいませんので」
「だから家にいないのなら、しばらく待つと言っている。なぜそうも追い払おうとするんだ?」
「にーさまはしばらくではかえらないのです。けんのとし、というところにいってますです」
「そんなはずはない。確かに剣の都市にいたが、今あいつはここに帰ってきているはずだ」
「……にーさまはいません。どうぞ、おひきとりくださいです」
ふむ?
なぜミラは嘘を吐いているんだ?
俺はここにいるぞ。
と、それよりミラと言い合っている相手。
あの赤い髪、ライナじゃないか。
あいつも故郷に帰って来たのか。
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