第39話 控室で寝ていたぞ

『二回戦もついに最終第四試合! 完全に無名の調教師ながら、一回戦の圧勝で一気に優勝候補となったアレル調教師の登場だぁぁぁっ!』


 ベフィが五体の巨人を瞬殺した一回戦の翌日。

 二回戦が始まっていた。


 俺がフィールドに入っていくと、観客席が一気に湧いた。


「来たぞ! ベヒモスだ!」

「ど、どいつがベヒモスだ!?」

「異様に背の高い女……あれ? いないぞ……?」


 しかしすぐに戸惑いの声に書き換えられていく。

 振り返ってみると、確かにベフィの姿がない。


「どこ行ったんだ?」

「べ、ベヒモスなら控室で寝ていたぞ……」


 フェニーが教えてくれる。

 大勢の人間から注目を浴びているせいか、声が震えていた。


「起こしてくる?」

「いや、別にいいだろう」


 リビィが訊いてくるが、俺は首を振った。

 どのみち今日はベフィの出番などないだろう。


『しかし相手も今大会の優勝候補の一角! S級ギルド〝ドラドラ〟所属! 二年連続ベスト4の実力者、《竜魔調教師》のセラ調教師だぁぁぁっ!』


 反対側の入場口から現れたのは、昨日の巨人たちに迫る大きさのモンスターたちだった。


『もちろん彼女が率いるのは五体のドラゴンたちっ! 伝説級の魔物ファフニールをはじめ、強力な竜種ばかりだ!』


 流線型で細身の身軽そうなドラゴンから、亀の甲羅めいたものを持つドラゴン、背中に二対の翼を持つドラゴン、三つの頭部を持つドラゴン、尾が刃のように鋭く尖っているドラゴンと、その種類は様々。

 一番小さなものでも頭から尾の先端までが十五メートルを超えており、大きなものは四十メートルほどだ。


 調教師は一番大きな一体の頭の上に乗っていた。

 二十代半ばの女性だ。


「んじゃ、行ってくる!」


 軽い調子でそう言って、リビィが歩いていく。

 今日の試合はリビィに任せるつもりだった。


「……昨日のベヒモスが出てくるかと警戒していましたが」


 相手調教師がどこかホッとしたように息を吐く。


「さすがに神話級の魔物を複数従えている、などということはないでしょう」


 あるぞ。


 リビィが元の姿へ。

 見る見るうちに巨大化し、あっという間にドラゴン五体の大きさを超えていく。


「ならばこちらにも勝算はあり……ま、す……?」


 目の前に現れたリヴァイアサンに、相手調教師の声が途中から弱々しく掠れた。


 全長約八百メートル。

 幅は約二十メートル。


 ベヒモスほどではないが、こちらも規格外の大きさだ。

 相手の細身のドラゴンなら軽く丸呑みできるだろう。


『り、り、リヴァイアサンだとぉぉぉぉぉっ!? あ、あ、アレル調教師っ、なんと別の神話級をも従えていたぁぁぁぁぁぁっ!?』


 ベヒモスがいないことで落胆したのか、幾らか静かになっていた観客席に、一瞬にして火がついた。


「でたあああああああああっ!」

「マジかああああああああっ!」

「やべえええええええええっ!」


 魔物好きたちの歓喜の叫びが轟く。


「まさかベヒモスだけじゃなくて、リヴァイアサンまでいるのかよっ?」

「そもそも海棲の魔物だぞっ? どうやって調教したんだ……っ?」

「てか、水が無いのに大丈夫なのか……?」


 ベヒモスが現れると予想して足を運んだ者がほとんどだったのだろう、昨日ほど騒ぐ様子はない。


『さーて、それじゃ軽く遊んであげよっかな』

「「「ブルルル……」」」


 神話級の魔物の登場に後ずさるドラゴンたち。

 リヴァイアサンは見た目が完全に蛇だが、水竜、つまりドラゴンの一種らしい。

 同族だからこそ、力の差を悟ったのかもしれない。


 従魔たちに怯えを見て取った相手調教師は、叱咤の声を張り上げた。


「う、狼狽える必要はありませんっ! 神話級とはいえ、相手は海棲の魔物です! 地上であればまともに動くことは不可能のはず!」


 その言葉をちゃんと理解しているのか、ドラゴンたちは「なるほど」というように鼻を鳴らしたり頷いたりした。


「むしろこれは神話級の魔物を倒せる絶好のチャンス! 勝てばあなたたちに大好物のミノタウロスの肉をあげましょう!」

「「「オオオオオオオオオオッ!」」」


 ドラゴンたちが怯えを払拭するように雄叫びを上げる。

 ミノタウロスの肉がそんなに好きなのか、あっさり食べ物に釣られたようだ。


 彼らは戦意を漲らせ、今にも躍りかかろうとしている。

 一方のリビィはそんな彼らを余裕で見下ろしながら、


『地上だとまともに動けない? そんなこともないけど、せっかくだし、ボクの力を見せてあげるよ』


 直後、フィールドが海と化した。


 リビィが青魔法を使って大量の水を作り出したのだ。

 それは広いフィールドをなみなみと見たし、リビィの巨体でも泳げるほど。


『これでボクに有利な環境になったね! さあ、どこからでもかかって――あれ?』


「「「ゴボゴボゴボゴボ……」」」


 ドラゴンたちは揃って溺れていた。


『……もしかして泳げないの?』


 泳げないのだろう。

 どれも陸棲のドラゴンだしな。


「た、助けてぇぇぇぇっ!」


 相手調教師も一緒に溺れていた。

 どうやら彼女も泳げないらしい。


『仕方ないなー』


 リビィが水を消す。

 濡れてドロドロになったフィールドの上には、五体と一人が打ち上げられた魚のように転がっていた。


『さ~て、今後こそ……』

「げほげほげほっ……こ、降参します……」

『えっ、もう終わり?』


 三回戦進出が決まった。

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