第38話 少し戦力を集め過ぎたらしい

「おい、何で調教師が四人もいるんだよ?」

「魔物はどこにいるんだ?」

「いや、あいつの足元を見てみろ」

「スライム?」

「あとなんか妖精っぽいのが浮かんでるぞ」

「まさかあんなのでアトラスに挑む気か?」

「おいおい、そんなの踏み潰されて瞬殺だろ!」


 俺が五体の魔物を引き連れてフィールドに出ると、観客席がざわめいた。

 あちこちから戸惑いや落胆、あるいは嘲笑の声が聞こえてくる。


『あ、アレル調教師とその魔物たち! 果たしてその実力はいかなるものなのかっ! 第七試合の始まりだぁぁぁっ!』


 ゴングの音が鳴り響く。


「ベフィ、任せた」

「了解」


 ベフィが単身、のっそりとした足取りでフィールドの真ん中へと進み出る。


「どう見たって人間だよな……?」

「いや、その割には大き過ぎるような……」

「巨人と比べたら誤差の範囲だろ」

「てか、何で一人なんだ?」


 ベフィが近づいていくと、巨人の肩の上に乗った調教師が呆れ口調で言った。


「オイオイ、こいつは一体どういうことだァ? まさかこんなちっこいねーちゃんをオレのアトラスたちと戦わせようってんじゃねーだろうなァ?」


 巨人とは対照的に小柄な男だ。

 なので最初は子供かと思ったが、顔を見た感じでは三十を過ぎてそうだ。


 その割に格好は派手派手しい。

 髪をつんつんに逆立て、巨人の肩にいてもすぐに分かるくらい目立つ衣服を着ている。


 普通は魔物同士の戦闘に巻き込まれないよう後方の防壁まで退くのだが、どうやらそのまま戦うつもりらしい。


「ベフィ、その辺でいいだろう」

「ん」


 俺の指示に頷いてから――彼女は人化を解いた。


「「「~~~~~~~~~~~~っ!?」」」


 観客たちが一斉に息を呑んだ。


 見る見るうちに大きくなっていくベフィの身体。

 それはあっという間に巨人たちの大きさを凌駕し、それでもまだ止まらない。


「な、な、な、な……?」


 さっきまで自信満々に下方を見下ろしていた相手調教師が、今や口をあんぐりと開きながら上方を見上げている。


 ついに神話級の魔物であるベヒモスが顕現する。


 全長三百メートル強。

 幅百五十メートル。

 高さ百メートル強。


 三十メートル級の巨人を五体合せても、体積はこれに遠く及ばないだろう。


「ふむ、ギリギリ収まったな」


 巨大なフィールドの大半をその巨体が占めてしまっていた。

 ちょっとはみ出して観客席の壁の一部を壊してしまったが、仕方がない。


『こ、こ、これはっ……まさか、ベヒモスっ!? し、し、し、神話級の魔物っ、ベヒモスだぁぁぁぁぁぁぁっ!?』


 観客の反応は大きく二つに割れた。

 一つは突如として出現した怪物を前に怯え、恐慌に陥る者たち。


 もう一つは、


「うおおおおおおおおおおっ!」

「すげえええええええええっ!」

「でけえええええええええっ!」


 目を輝かせて興奮する者たちだ。

 怖れよりも、神話級の魔物を初めて目にした感動の方が勝ったらしい。


「ああ……神よ……」


 中には涙を流して拝み出す者までいた。

 地域によって神話級の魔物は信仰の対象にもなっているようだ。


 そんな彼らのお陰で観客席がパニックになることはなく、逃げ出しかけていた人たちもすぐに落ち着きを取り戻していった。


 他の都市だったらこうはならないだろう。

 さすがは魔物都市である。


「じょ、じょ、冗談じゃねぇぞォ!? こんな化け物とどうやって戦えってんだよォッ!?」


 相手調教師が愕然として声を上げた。


「オアアアア……」

「ウアアアア……」


 さっきまでは威風堂々と立っていた巨人たちも、自分たちより何倍も大きな存在を前にして完全に怯えている。

 そんな生物に遭遇したのは生まれて初めてなのかもしれない。


『こいつら倒せばいい?』


 そんな三十メートル級の巨人たちを見下ろしながら、ベフィが退屈そうに訊いてきた。


「ああ」

『ん、了解』


 ベフィは軽く頷くと、右の前脚を持ち上げた。


 薙ぎ払う。


「「「オオオオオオオオオオオオッ!?」」」


 それだけで五体の巨人たちがまとめて吹っ飛ばされた。


「ぎゃああああっ!?」


 巨人の肩にいた調教師は咄嗟に巨人の髪の毛にしがみつき、一緒に飛んでいった。


 三十メートルを超す身体が幾つも宙を舞い、ズドンズドンと地面に叩きつけられる。

 会場が大きく揺れ、砂嵐めいた砂埃が巻き起こった。


 それでもさすがは頑丈な巨人族だ。

 見た感じ無傷である。


『まだやる?』


 ベフィがゆっくりと彼らに顔を向ける。


 ブンブンブンブンッ、と巨人たちは真っ青な顔をして首を左右に振った。

 まだ髪の毛にくっ付いていた調教師が振り落されて悲鳴を上げるが、それに気づく様子もない。


 よく見ると彼らのお尻の下に大きな水溜りができていた。

 どうやら完全に戦意を喪失してしまったようだな。


 巨人の頭部から落下した相手調教師は気絶しているし、これでは試合続行は不可能だろう。


『あ、アレル調教師の勝利! なんと、開始僅か一分での電撃決着だぁぁぁっ! 無名の調教師が一気に優勝候補に躍り出たぞっ! そ、それにしても一体どうやって神話級の魔物を調教したのかっ!』


「いや優勝候補っていうか……もう決まりだろ……」

「あんなのどうやって倒せってんだ……」


 試合を見ていた他の出場者たちの間に敗戦ムードが漂っていた。


 ……ふむ。

 ベフィ一体でもこれか。

 まだ他に四体いるんだが。


 どうやら少し戦力を集め過ぎたらしい。

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