第44話 あいつは魔法使いじゃねぇのか

 巨大スライムが眼下で暴れ回っていた。

 近くに居合わせた魔法使いたちが戦っている。


 だが彼らが放つ魔法は、いずれも効いている様子はない。

 それどころか、魔法を喰らう度にスライムが大きくなっている気がする。


「ヒャハハハ! 無駄だぜェ! そいつに魔法は逆効果だ! ――ぶげっ?」


 傍で哄笑を上げていた使い魔の頭部を摘まみ上げた。


「イデデデデっ?」

「おい、あのスライムの知ってるのか? 話せ」

「その前に離しやがれッ! いえ、離シテクダサイ、ご主人サマ」


 マティは涙目になりながら教えてくれた。


「……あいつは魔界でも怖れられてる最強最悪のスライムなのデス。グラトニースライムと呼ばれていて、ありとあらゆるものを吸収し、無限に巨大化していくのデス。魔法も例外ではありませんデス」


 魔法を喰らっているように見えて、実際には魔法を喰っているらしい。


「どうやって倒すんだ?」

「シリマセン。ほ、本当だって! だから握り潰そうとしないで!」


 マティは悲鳴を上げながら必死に俺の手から逃れる。

 それから何かを思い出したように、


「け、けど、物理攻撃は吸収できないし、それならどうにかなるんじゃないデスかねー」


 なるほど、物理攻撃か。


 俺は魔法用の杖を取り出す。


「いやいや、さすがにそれじゃ無理だと思いますよ? あっさり溶けてしまうのがオチっす。……って、しまった、なに助言してんだ。むしろこいつには死んでくれた方が……」

「聞こえているぞ、マティ?」

「ナンデモアリマセンヨ?」


 ふむ。

 確かにこの杖だと心もとないか。

 そこらの悪魔程度ならまだしも、あのスライムを相手にするならちゃんとした剣がいい。


「そこらの悪魔だと……? 上位貴族のオレ様を並みの悪魔扱いしやがって……」


 何やらぶつぶつ呟いているマティを後目に、俺は錬金魔法を使って自力で剣を作り出すことにした。

 ここは魔法都市だし、探してもなかなか剣が手に入らないだろう。


 じわじわと刀身が出現していく。

 あのスライムの粘液で簡単に溶けてしまわないような金属ともなると、さすがに少し時間がかかってしまう。


 その間に、学院長たちがスライムと交戦を始めていた。

 全員が【最上級職】の魔法使いだ。

 さすがの威力の魔法をバンバン放っている。


 しかしそれは完全に逆効果だった。

 ますますスライムが巨大化し、すでに当初の倍近い大きさになっている。


 どうやら彼らもあのスライムの特性に気づいたらしく、攻撃をやめ、愕然とその場に立ち竦んでいた。


「よし、できたぞ」


 ようやく剣が完成する。

 初めての自作にしてはなかなかの出来だな。

 握った感覚もしっくりくる。


「や、やめろおおおおおっ!?」

「いやああああああああっ!?」


 そのとき下から大きな悲鳴が聞こえてきた。

 見ると、学院長二人がスライムの触手に捕まり、餌食にされそうになっているところだった。


 バンッ!


 空中を蹴って急降下すると、俺はできたてほやほやの剣で二本の触手を斬り裂く。


「ふむ。ちゃんと斬ることができたな」


 試し斬りに成功し、切断された触手が宙を待って地面にぼとりと落ちた。


「な、な、な……」

「あ、あなたは!?」


 解放された学院長二人は尻餅をついていて、呆然としたように俺を見上げてくる。


「な、何で剣を……?」

「そんなことより離れていた方がいいぞ」


 俺はスライムの方へと向き直る。

 痛覚が無いので、触手を斬られても平然としていた。


「む?」


 俺は思わず眉根を寄せた。

 斬り落とした二本の触手が、地面をのたうちながら本体に近づいていったかと思うと、そのまま体内へと戻ってしまった。


 痕も残っていない。

 つまり完全に元通りになってしまったのだ。


「なるほど。厄介だな。なら、バラバラにしてしまえばどうだ?」


 スライムが触手を撃ち出して攻撃してくる。

 俺はそれを躱しながら接近すると、その身体に斬撃を叩き込んだ。


「何じゃ、あの身のこなしは!? 儂にはほとんど動きが見えぬぞ!?」

「わ、私もです……」

「しかも物理耐性の高いスライムを、いとも容易く剣で斬っている!?」

「あいつは魔法使いじゃねぇのか!?」

「身体強化魔法……? いえ、それだけではあそこまで……」


 身体強化魔法なら使ってないぞ。

 別に使わなくてもこれくらの芸当は造作もない。


 斬り落とした部分はそのままにしているとすぐにくっ付いてしまうので、できるだけ遠くへと蹴り飛ばしてやる。

 剣の都市で《剣拳士》のスキルを盗んだ俺は、蹴りにもそこそこ自信がある。


 スライムの巨体は見る見るうちに切り分けられ、気づけばあちこちにぶよぶよの塊が転がっていた。

 各々の塊は、大きくてもせいぜい拳大くらいにまで小さくなっている。


「さすがにここまで細切れにしてしまえば死んだだろう」


 わっと、周囲から歓声が上がった。


「すげぇぞ、あいつ! あの巨大スライムを一人で倒しやがった!」

「たぶん有名な剣士だろうぜ! 何で魔法都市にいるのか知らねぇけど!」

「いや、うちの学院で見たことあるぞ?」

「バカ言え、だったら剣を使えるわけねーだろ」

「待て、あの男、確か飛行レースの三冠王じゃないか?」


 そんな声があちこちから聞こえてくる。


 ……が、次の瞬間には歓声が凍りつくこととなった。


 地面に散らばる無数に塊が一斉に動き出したのだ。

 一か所に集合し、そして巨大な身体をあっという間に取り戻していく。


「ふむ。これでも倒せないのか」

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