第45話 その前に一つ訂正しておきたい

 剣で細切れにしてやったのに、スライムは元の姿に戻ってしまった。


「物理攻撃でもダメージはゼロか。まぁ魔法と違って、力を吸収してさらに大きくなったりしてないだけマシだが……」

「ヒャハハハッ! さすが魔界のスライムだぜェ! このムカつくクソ野郎を喰っちまってくれやイデデデデデっ!」

「何か言ったか?」

「ナンデモゴザイマセン、ご主人サマ」


 マティの頭にアイアンクローをしていると、


「わ、儂の目が確かなら、あれは悪魔ではないかの……?」

「まさか悪魔を使い魔に……?」

「ですが、それは黒魔法のはず……」


 その通り、悪魔で使い魔で黒魔法だが?


 しかし相変わらず反抗的な使い魔だ。

 ちょっとお仕置きにしてスライムに吸収させてみるか?


「それお仕置きってレベルじゃねェから! 絶対にやめろよっ!? いえ、ドウカオヤメクダサイ、ご主人サマ」


 ぷるぷるぷるぷるっ!


「む?」


 ダメージはなくとも、バラバラにされたことで恐怖を覚えたのか、巨体をぶるぶる揺らしながらスライムが逃げ出した。


 もちろん逃がすわけにはいかない。

 無限に成長していくようだし、このままどんどん巨大化していけば、いずれこの都市ごと呑み込まれてしまうだろう。


 とはいえ、問題はどうやって倒すかなのだが……


「剣が無理なら、やはり魔法しかないな」

「ギャハハハッ! 魔法は効かねェどころか吸収しちまうってさっき分かったばっかだろうが! 馬鹿じゃねイデデデデっ!?」


 俺は飛行魔法で宙を舞い、巨大スライムを追いかけた。


「緑魔法!? なぜ彼が緑魔法まで使えるのですかっ!?」


 いや、さっきも空から急降下する際に使ったんだが。


「とりあえず足止めが必要だな。――グランドウォール×4」


 ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!


 巨大スライムの周囲を取り囲むように、四つの壁を出現させる。

 高さ二十メートル、厚さ十メートルはあろうかという巨大な壁だ。

 どうせ吸収されてしまうだろうが、しばらくの間の足止めにはなるだろう。


「なっ、今度は黄魔法だと!?」


 背後から聞こえてくる驚愕の声はやはり無視して、壁の上に着地した。


 スライムが触手を伸ばして攻撃してくる。

 それを剣で弾き落としつつ、俺は頭の中で術式を組み始めた。

 しかも、六つの複雑な術式を同時並行で。


 魔法都市に来てからの弛まぬ努力によって、俺は今や七つの人格を同時に保持することができるようになっていた。

 その結果、六種類の魔法を同時に発動することが可能になったのである。


 だが単に六つの魔法をぶつけるだけでは、各々がどれだけ強力なものだったとしても、このスライムに吸収されてしまうだけだ。


 なので、最後に


「よし、完成だ」


 壁はすでに半分以下の厚みになっているが、スライムをしっかり閉じ込めてくれていた。

 外す心配はない。


 多くの高位魔法には激しい爆音が伴うのだが、それは完全な無音で起こった。


 スライムと、その動きを一時的に封じていた壁。

 それらを一瞬にして消し去ってしまったのだ。


 直後、凄まじい風が巻き起こった。

 魔法の発動地点へと向かっていくこの強烈な気流は、空気すらも消し飛ばしてしまったせいである。



 消滅魔法――イレミネーション。



 その名の通り、あらゆるものを消滅させる最強の魔法だ。


 赤、青、黄、緑、白、黒……この六つの術式の理論からして異なる魔法をすべて習得し、さらには融合させることができなければ放つことができない。


「さすがにこれで倒せただろ」


 細切れにしてもくっ付いて復活してしまう厄介なスライムだったが、身体を消滅させられては一溜りもないはずだ。


「しょ、消滅魔法、だと……」

「ま、幻の【超級職】……《魔導神》だけが使えるという、伝説の魔法……」


 再び空に舞い上がった俺の眼下では、無事に最悪のスライムを討伐できたことを喜ぶことも忘れて、学院長たちが呆然と俺の扱った魔法について口にしていた。


 確かに消滅魔法は《魔導神》だけが習得できる魔法だ。

 本来なら。


 だが俺はそれをどうにかスキル無しで再現できないかと模索。

 方法こそすぐに分かったものの、実際にやれるようになったのはごく最近のことだった。


 術式自体は父さんが教えてくれたので知っていた。

 まぁ父さんは《魔導神》だからな。


 消滅魔法は、六種類の魔法の術式を同時に組み上げなければならない。

 スキルのない俺は複数の人格を作り出して、並列思考ができるようにならなければいけなかったのだ。

 最低でも六つ同時に。


「……ご主人サマ、あなた本当に人間ですかね……?」

「どこからどう見ても人間だろう?」


 俺が地上に降りると、学院長たちが駆け寄ってきた。


「おいっ、お前は本当に《魔導神》なのかっ……?」

「どうすれば……! 一体どうすれば《魔導神》になれるのです!? 教えてください!」

「待て! そのような情報、タダで教わろうなど虫が良すぎる! アレル、私は君に十分な対価を支払おう!」

「わ、儂が半世紀以上もかけて追い求め、未だ到達できなかった幻の【超級職】……! お主、どうやってそこに到達したのじゃっ!? 教えてくれ! 儂の持つあらゆる財産と引き換えでもよい!」

「わたくしもすべてを差し上げますわ! ですから、どうか……!」


 立場を忘れ、彼らは必死に懇願してくる。


「別に教えるのは構わないが……」


 父さんは隠すつもりもなさそうだったし。

 方法を知ったところで、実際に【超級職】になれるかどうかはその人次第だしな。


「ただしその前に一つ訂正しておきたい」


 俺は言った。


「俺はただの《無職》だ」

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